アストラウル戦記

 突然、王立軍兵の勢いが弱くなった。それまで押されていたガスクたちスーバルンゲリラは、互いに顔を見合わせた。
「押し返せ! 兵士を中まで入れるな!!」
 グウィナンが怒鳴ると、汗だくになって戦っていたゲリラたちがおお!と声を張り上げた。限界は超えているはずなのに力を盛り返したゲリラに驚いて、兵士が司令官の指示を仰ぐような動きを取りはじめた。
「引け!」
 その様子を見てガスクが合図すると、スーバルンゲリラは避難壕の奥へと一斉に駆け出した。狭い通路へ逃げ込んだゲリラたちを兵士が追うと、最後に通路へ駆け込んだガスクが撃て!とよく通る声を張り上げた。
「うわあ!」
 通路の奥に隠れていた数人の射手隊が、追ってくる兵士の正面から矢を射かけた。見なれないラバス教の建築様式が続く薄暗い大寺院に、普段とは違う精神状態の中で飛んでくる矢にパニックになり、兵士たちは陣を崩して逃げまどった。行こう。通路の奥へ引きながらグウィナンが言うと、ガスクは他のゲリラたちと共に通路を閉じる鉄の扉を力を込めて閉じた。
「あれで、しばらく時間が稼げるだろう。ヤソンたちと合流するぞ」
「結局、貴族からの応援は来なかったな」
 ガスクの言葉に、そばにいたゲリラの男がボソリと呟いた。貴族なんてそんなもんだと言ったろ。グウィナンが素っ気なく答えると、ガスクは走りながら苦笑した。
 通路は一本道で、先頭の男が持っていたランタンの明かりがわずかに床を照らしていた。思った以上に距離が長くて、出口はまだかと焦りながらガスクが振り向いて、兵士たちが追いかけてきていないか確認していると、その耳に聞き慣れた声が飛び込んできた。
「ガスクーッ!」
 あれは…。
 先頭にいたゲリラの男が立ち止まってガスクを見た。脱力したガスクが壁に手をつくと、ランタンの火がゆらゆら揺れているのが見えて、グウィナンがガスクを見てどうすると尋ねた。
「どうするも何も。よかったな。来たじゃねえか、貴族の応援が」
「あれは貴族じゃない。王族だ。それに足手まといにしかならん」
 その言葉にガスクがニヤリと笑うと、グウィナンは呆れたようにため息をついた。
「ガスク! ガスクは!?」
「ナヴィ!」
「ナヴィ、お前何でこんなとこに…」
「助かったのか! よかったじゃないか!」
 ナヴィの声にゲリラたちの声がいくつも重なって、取り囲まれてナヴィとアサガが慌てたようにガスクは?と尋ねた。ここにいる。そう言ってゲリラたちをかき分けると、ガスクは唇を引き結んでナヴィをにらんだ。
「お前、何考えてんだ。わざわざ危ない所に飛び込んでくるなんて」
「しかも無駄足」
 ガスクの後ろにいたグウィナンが言い足すと、ナヴィはええっ!?と驚いてガスクを見上げた。
「せっかく加勢に来たのに」
「それはもういいから。早く外に出なきゃ、兵士が追ってくる」
 ガスクがナヴィの肩をつかむと、ゲリラたちがナヴィを追い抜いて歩き出した。無事でよかったな。ポンポンと次々に肩を叩かれて、ナヴィが頷きながら目を潤ませると、グウィナンがアサガとナヴィを見て尋ねた。
「お前たちがここへ来たってことは、先に大寺院から出た奴らと会ったってことか」
「丁度、出口から出てきたヤソンたちと会えたんです」
「ヤソンから、中にまだガスクが残ってるって聞いたんだよ」
 アサガとナヴィが同時に答えると、グウィナンはよしと呟いてナヴィの肩をポンと叩いた。叱られるかと思って身構えていたナヴィがホッとして力を抜くと、ふいに横から抱きしめられてナヴィは目を見開いた。
 ガスクの匂いがふわりと体を取り巻いた。ギュッと抱きしめられ、息が止まるほど驚いてナヴィが顔を上げると、その唇にキスをしてガスクは笑った。生きてたな。そう言ってニッと笑みを見せたガスクを見上げて、ナヴィは真っ赤になって答えた。
「アサガが助けてくれたから」
「悪かったな、行けなくて」
「分かってる」
 ナヴィが答えると、ガスクはもう一度ナヴィを抱きしめてからその手をつかんだ。先に歩き出していたアサガが振り向いて、行きますよと声をかけた。ガスクに手を引かれて歩き出すと、ナヴィはその大きな手を握り返してようやく安心したように息をついた。

(c)渡辺キリ