アストラウル戦記

 後から合流してきたナッツ=マーラの部隊にはイルオマが混ざっていた。平民服に戻っているイルオマを見て、アサガが無事でよかったとホッとしたように言うと、イルオマは馬からこわごわと降りながら答えた。
「寺院に残っていた残りの兵は、ナッツ=マーラたちが仕留めましたよ。この世の鬼とはこういう人のことを言うんですかね…」
「戦いに慈悲もクソもあるかよ。やらなきゃ仲間がやられんだ」
 怒ったようにナッツ=マーラが言った。無事でよかったよ。ガスクが声をかけると、ゲリラたちは頷いた。
「大寺院に避難してた住人の内、老人と女子供は南の穀倉地帯とサムゲナン東部の郊外の二手に分かれて避難させた。王立軍がどうするつもりかは分からないが、しばらく町中は危険だからな」
「でも、まだ別の所に避難している住人が大勢残っているんでしょ」
 ヤソンの言葉にアサガが尋ねると、グウィナンがそうだろうなと言ってサムゲナンの方角を見た。つられてナヴィたちが同じように西を見ると、ヤソンは仕方ないでしょうと口を挟んだ。
「今はとにかく、応援が来るのを待たなければ。思ったよりも王立軍兵の数が多い。この人数で戦ったって町を解放できないだろう」
「貴族の応援は来ませんよ」
 両腕を組んでイルオマが言うと、周囲にいた市警団のメンバーたちがざわりと声を上げた。どういうことだ。ヤソンが険しい表情で尋ねると、イルオマの代わりにアサガが答えた。
「アントニアさまが即位されたんです。サムゲナンでの暴動の鎮圧を狙ってかどうかは分かりませんが、予定よりずっと早く、不意打ちのように即位式が行われたそうです。それで」
「貴族たちが怖じ気づいたって訳か」
 グウィナンがため息まじりに話を続けると、それは分かりませんがと小さな声でアサガが答えた。クソ。言葉を吐き捨ててヤソンが目を伏せると、その様子を見ていたイルオマが言った。
「とりあえず、ローレンがプティの地下組織を束ねてこちらに向かってます。でも、それを待った所でサムゲナンに駐留する王立軍兵には勝てないでしょう。武力と人数の差があり過ぎる」
「スーバルン人は、ゲリラ以外の民間人も戦うぞ」
 ゲリラの後ろで話を聞いていたキクが言うと、周囲に集まっていたサムゲナンの住人たちが声を上げた。これなら勝てるかもしれないよ。ナヴィが頬を赤くしてイルオマを見ると、イルオマはしばらく考え込み、それからガスクとヤソンを見上げた。
「分かりました。とりあえず、王立軍兵をサムゲナンから追い払いましょう」
「追い払うってお前、そう簡単に」
 驚いてガスクが言うと、イルオマはサムゲナンの住人たちを見て、この中に酪農家はいますかと尋ねた。
「俺だ」
「俺たちもだ」
 手を上げた住人たちを見ると、イルオマは真剣な表情で言葉を続けた。
「あなたたち、財産を一時失うことになりますが、後からスラナング男爵とここにいるヤソンに失ったものと見合うだけの額を請求して下さい」
「何言ってるんだ、イルオマ」
 ヤソンがイルオマの肩を焦ったようにつかむと、イルオマはこれぐらいの弁償、大したこっちゃないでしょと答えた。
「あなたがこれまで盟約のために貴族にバラまいてきた金の、ほんの一部をこっちに回せば済むことです」
「お前な」
「勝ちたいでしょ。この戦いに」
 イルオマが言うとヤソンは黙り込み、ゴクリと唾を飲んだ。勝つぞ。ガスクが力強く言い添えて、仕方ないなと小さく息をついてからヤソンはイルオマに向かって頷いた。
「分割払いで頼む」
「よし、それで手を打ちましょう。では手筈を説明します」
 そう言って、イルオマはガスクやヤソンたちの顔を見回した。どうするつもりだろう。心配げに眉を潜めたナヴィに気づくと、イルオマは頷いて笑った。

(c)渡辺キリ