切られた腕が焼けるようだ。
うっすらと目を開くと、木の葉の間からもれた光が視線の先を照らしていた。サムゲナンの郊外に広がる小さな森に入った所で、木の葉をかぶっていた男が振り向いた。また町が騒がしくなった気がする。怪我をした腕をつかんで顔をしかめると、イルオマはユリアネの顔を覗き込んだ。
兵士に見つからないようユリアネの上に覆いかぶさり、その上から木の葉をかけて隠れていた。森の中に慣れない王立軍兵相手ならやり過ごせるはずだ。そう考えた通り、イルオマたちを追ってきた軍兵は森の中で彼らを見失い、またサムゲナンの町に戻っていった。
「ユリアネ」
眠るように気絶しているユリアネの息を確かめて、イルオマが名前を呼んだ。ガサガサと木の葉を体から落とすと、背中にくくりつけた二つの人形を確認してイルオマはユリアネの肩を左手でつかんで揺すった。
「大丈夫ですか、ユリアネ。死んだら許しませんからね」
真面目な顔でイルオマが言うと、ユリアネがふと目を開いた。体が重いわ。そう言ったユリアネを見て、イルオマがホッとしたように息をついた。
「背中を切られたんですよ。傷は浅いようですけど、手当ができなくて。兵士たちは撒いたから、傷を洗う水を探しましょう」
「体を洗う水があるぐらいなら、飢饉なんて起きないわよ…」
掠れた声で呟いたユリアネを抱き起こすと、イルオマはユリアネに着せていたジャケットを脱がせて背中の傷を丹念に見た。出血は止まってるから、大丈夫だと思うけど。そう言ってまたジャケットを着せユリアネの髪についた土を払うと、イルオマは立ち上がった。
「行きましょう。サムゲナンは危ない。とりあえずプティへ戻ってあなたを寝かせなくちゃ」
「…私を背負ったら、奥さんと娘さんがつぶれちゃうわ」
ユリアネを背負おうと手を引いたイルオマを見上げて、ユリアネが小さな声で言った。イルオマがチラリとユリアネを見ると、ユリアネは笑って言葉を続けた。
「ねえ、じゃあこうするのはどう? 私がヴィーナとファーハを背負うから、あなたは私を背負って」
「同じですよ」
ポソリと呟くと、イルオマは胸ポケットから布の紐を取り出した。力の入らない右腕の方からユリアネがずり落ちないよう、紐の端をくわえて器用にユリアネと自分を縛りつけると、イルオマはユリアネを背負い直してから北へ向かって歩き出した。
「サマリの話を聞いている途中で、まるで夢から覚めたみたいな気分になった」
ユリアネを背負ったままゆっくりと歩くと、イルオマは前を真っすぐに見て話を続けた。
「ヴィーナとファーハが死んだこと、何で覚えててやれなかったんだろう。生きていると思い込むなんて…死んだってことをちゃんと覚えててやれなきゃ、生きていたことも忘れてしまう」
イルオマの声は低かった。歩いているイルオマに背負われているとゆさゆさと揺れて、ユリアネはイルオマの首にしがみつく自分の腕に軽く力を込めた。イルオマと自分の間にある二つの人形は、薄汚れてすえたような匂いがした。それでもそこに頬を埋めて、ユリアネはくぐもった声で呟いた。
「背中が痛いわ…」
「え? 大丈夫…」
振り向いて、それからイルオマはまた前を向いた。森の中は薄暗くて静かで、昼間ではないような気がした。それでも時々、木漏れ日が眩しい瞬間があった。私は、本当にバカだ。考えながらユリアネを背負って、イルオマは歩き続けた。
「プティに戻ったら、バナナが食べたい」
ふいにユリアネが言って、イルオマは笑った。途中でバナナがあったら、買いましょう。そう言って笑みを浮かべると、イルオマはまた黙々と森の中を歩いた。
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