サムゲナンを私設軍隊に守らせて、ローレン自身はいつでも指示を出せるよう、サムゲナンの中心にあるラバス教大寺院のそばの小さな空家を借りていた。そこは昔、スーバルンの商人が住んでいた屋敷で、今は朽ちて二階の屋根は落ち、一階だけが使えるような状態になっていた。
スラナング男爵に顛末を報告するためにプティへ戻っていたヤソンが、馬でまたサムゲナンに入り屋根のない建物を見上げていると、同じようにサムゲナンを出て国境まで食料の買い出しに行っていたイルオマとかち合った。イルオマは若いスーバルン人とプティ市の地下組織の男を数人連れていた。
「男爵はどう言ってました? 戻ってきたらローレンがいないんじゃ、さぞかし驚いたでしょうね」
建物に入ってイルオマがキッチンの床に買い出してきた食料を置くと、ヤソンは苦笑して答えた。
「難事に間に合わなかったことをとにかく平謝りしていたよ。すぐにサムゲナンに自分の持つ軍隊を派兵してくれると言ってたが、プティも王立軍兵の数が増えて貴族同士が牽制しあっているような状態だ。一応、ローレンには伝えておくとは言ったけど、まだ分からんな」
「スーバルンゲリラの人たちは、みんな初めから貴族には期待してなかったみたいで平然としてますけど。私はヘタに貴族から軍隊を出してもらわない方がいいんじゃないかと思ってますけどね。グウィナンもそう言ってたし」
食料をテーブルの上に出しながらイルオマが答えると、ヤソンはそうかもなと答えて軽く手を上げてからキッチンを出た。途中で会った市警団の男にローレンの居場所を尋ねると、朝からサムゲナンの避難所を回ってるよという答えが返ってきた。
「あ、じゃあアサガは?」
ヤソンが尋ねると、オルスナ人の女と一緒にいるぜと言って男は廊下の向こうを指差した。ありがとう。礼を言ってまた歩き出し、ヤソンはひょいひょいとドアの開いた部屋を次々と覗いた。
「あら」
一番角の部屋を覗くと、ベッドの脇に椅子を置いて座っていたユリアネが気づいて振り向いた。その向こうにはアサガが眠っていて、額から目の辺りに濡れた布を乗せているのが見えた。
「病気?」
驚いてヤソンが尋ねると、ユリアネはシッと人さし指を立ててヤソンを見上げた。
「少し熱はあるけど、大丈夫よ。慣れたとは言っても、やっぱり戦いの場で片目しか見えないのは疲れるみたい」
「そう…ナヴィは?」
「さっきまで見てて下さってたんだけど、食事がまだだと仰るから代わったの」
ユリアネが答えると、ヤソンはベッドの端に座ってアサガの様子を見た。規則正しい寝息が口元からもれていて、少しホッとしてヤソンはユリアネに笑いかけた。
「君もまだ怪我が治ってないんだろ。休んできたら。アサガは俺が見てるよ」
「平気よ。もう傷は塞がってるし」
「君の傷が早く治らないと、イルオマの肩身が狭いんじゃないの?」
ニヤリと笑ってヤソンが言うと、ユリアネは関係ないんじゃないかなと答えてヤソンから目をそらした。それから黙り込み、そわそわして立ち上がる。
「人をからかうのが好きだなんて、悪趣味だわ」
「からかってなんていないじゃない」
ニヤニヤと笑いながらヤソンが答えると、ユリアネはアサガをお願いと言ってそそくさと部屋を出ていった。可愛い人だな。ローレンの元恋人か。わずかに開いたドアをきちんと閉めると、ヤソンはそろそろとアサガの顔を覗き込んだ。
|