ローレンがサムゲナンの避難所の慰問から帰ってくると、ガスクはグウィナンやナッツ=マーラと共にローレンの元を訪ねた。
ヤソンやアサガと一緒に食事を摂っていたローレンは、平民と同じ綿の服を着て長い髪を束ねていた。プティにいた時よりずっと男前だぜ。ナッツ=マーラがニヤリと笑って誉めると、ローレンも笑った。
「晩秋が近づいて、気温が少しずつ下がってきている。雨が降れば、一気に環境が悪くなる。今のうちに、ご年配の方や病人を南へ移したいんだが」
食事を終えてから、一階の広間でガスクたち三人とローレン、ヤソン、アサガ、イルオマとナヴィが輪になって座ると、ローレンは開口一番に言った。
「しかし、プティに王立軍が派兵されたという連絡を、ヤソンを通してスラナング男爵からもらったばかりだ。今、サムゲナンの守りが手薄になれば、王立軍は再びサムゲナンを制圧するために一気に南下してくるかもしれない」
「サムゲナンの南っていうと、グステ周辺の村ってことだよな。確かにここよりは暖かいが、住人が受け入れるかな」
ヤソンがガスクに視線を向けて尋ねると、ガスクは少し考えてから答えた。
「スーバルン人は同胞を見捨てない。連れていくことさえできれば受け入れは可能だと思うが、状況も見てみないとな」
「ダッタンとサムゲナンを行き来している同胞から話を聞くことはあるが、サムゲナンよりもグステの方が食料が潤っているということはあり得ないぞ」
「俺が春にグステに戻った時は、いつもと同じように貧しい、といった状況だったけどな。避難させた所で、食いもんがなくて餓死しました、じゃお話しにならない」
グウィナンの言葉に続けてガスクが答えると、ローレンが考え込んだ。
「ここから東へ行くと、国境が近くなってあまり安全とは言えないし、西は険しい山で今年は特に食料に乏しい。避難するなら南だと思ったが、難しいかな」
「一人、様子を見にいかせてはどうですか。状況が分からないんじゃ、ここで議論しても話が進みませんからね」
話を聞いていたイルオマが言うと、ローレンがそうだなと答えた。グステ村なら一日で戻ってこられるし、いいんじゃないか。ヤソンが口を挟んだ。
「でも、アスティは駄目だな。アスティなんてグステ村に行かせたら、戻って来れないぜ」
「ガスク、お前が行け」
ナッツ=マーラの言葉の後、ふいにグウィナンが口を開いた。ガスクは駄目だろ。ヤソンが驚いたようにグウィナンを見ると、グウィナンはガスクに尋ねた。
「気になってるんだろ、あの女が言ったこと」
「女? 何の話だ」
ローレンがガスクを見て尋ねると、ガスクは少し言葉を選んでから、スベリアから聞いたことを話した。
「アリアドネラ伯爵を? ガスクが昔から知っているはずだと言うのか?」
一部始終を聞いたローレンが、両手を握りあわせながら言った。ナヴィが黙ったままガスクの表情を伺うと、ガスクはあぐらを組んでいた膝を手でつかんで答えた。
「俺には覚えのない話なんだ。でも…この先、王宮と戦うことになれば、必ずフリレーテ=ド=アリアドネラと出会うことになる。俺とフリレーテがどういう関係なのかは知らないが、その時、万が一にでも動揺するようなことがあれば」
「ガスクが動揺したせいで誰かが死ぬようなことでもあれば、そりゃあ一生、苦しむでしょうね」
組んだあぐらの膝に頬杖をついて、イルオマが呟いた。
広間が一瞬、沈黙に覆われた。一日で戻れるんだろ。ヤソンが口火を切ると、ローレンはガスクを見て言葉を続けた。
「ヘタに土地勘のない人間を行かせるより、ガスクに行ってもらった方がいいかもしれないな。君ならグステ村の周辺を熟知しているだろうし、どこに避難すれば守りを固められるかも分かる」
「ローレン、僕もついていく。いいでしょ」
ふいにそれまで黙っていたナヴィが声を上げた。エウリル。心配げに名を呼んでローレンが見ると、ナヴィはまっすぐにローレンを見つめ返した。
「フリレーテとガスクのことは僕とは関係ないかもしれないけど、知りたいんだ。あいつが何者で、なぜ僕を憎んでいるのか。それが少しでも分かるなら、僕も話を聞きたいんだ」
「しかし」
「知ったところで、お母さまたちが帰ってくる訳じゃないよ。でも、知らないよりはずっといい」
目を伏せて視線を揺らすと、ナヴィは独り言のように呟いた。ローレンが黙り込むと、ガスクが口を挟んだ。
「スベリアはオルスナの女だ。俺たちの知らないことを、彼女は知っているのかもしれない」
「スベリア!?」
ヤソンがガスクの言葉を聞いて、素っ頓狂な声を上げた。驚いてアサガがヤソンに視線を向けると、ヤソンは耳まで真っ赤になっていた。何だよ、昔の女か? からかうようにナッツ=マーラが言うと、ヤソンは焦ったようにアサガをチラリと見て答えた。
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