「いや、いや…違うんだ。ナヴィたちには前にも話したかもしれないが、スベリアはノヴァン伯爵の元にいた学者で、ノヴァン伯爵に弟子入りしていたんだ。オルスナ人で数学者なら、間違いない」
「ヤソンはスベリアという人に会ったことがあるの?」
ナヴィが尋ねると、ヤソンはあるけど…と答えた。ムッとしたアサガが、突然立ち上がった。アサガ? 隣に座っていたナッツ=マーラが声をかけると、アサガは冷ややかな目で答えた。
「水もらってきます。喉が渇いた」
「アサガ!」
素早く広間から出ていったアサガを、ヤソンがすぐ戻るとみんなに言ってから追っていった。へえ、いつの間に。ガスクがニヤリと笑うと、ナヴィはきょとんとした表情でガスクを見た。
「いいんじゃないですか。ナヴィはグステ村でガスクの母親に助けられたんでしょ。難なくグステ村に入れますよ」
イルオマの言葉に、ローレンはため息をついてナヴィに行っておいでと言った。
「でも、無理はしないでくれよ」
「うん。大丈夫」
「お願いがあるんですけど」
ナヴィが力強く頷いたのを見ると、イルオマはガスクにチラリと視線を向けた。何だ。ガスクが低い声で尋ねると、イルオマは少しためらってからガスクに言った。
「ユリアネも、連れていってもらえませんか。そして、そのまま置いてきてくれませんかね」
「イルオマ」
驚いてナヴィが目を見開くと、イルオマは目を伏せて小さく息をついてから言葉を続けた。
「こんな時に私事で、恥ずかしいんですが、あの人がいるとうっかり死ねないというか、あの人はきっと、私を先に死なせてくれないというか、私はユリアネが戦おうとするたびに胃が痛くて死にそうな気分になるんです」
「どっちにしても、死にかけだな。大丈夫か」
笑いながらナッツ=マーラが言うと、イルオマは顔を上げて大丈夫じゃないんですと答えた。
「怪我してるのにウロウロ歩き回るし。だから、ユリアネをグステ村に連れていって下さい」
「お前、恨まれるんじゃねえの」
「そんなこと平気ですよ。それよりもユリアネが傷つくことの方が、ずっと恐ろしいんです。私にとっては」
珍しく赤くなって、イルオマはまた目を伏せて答えた。
連れていくのはいいけど、大人しく来てくれるかな。
ナヴィが黙ったままイルオマを見ると、話を聞いていたローレンが苦笑しながらイルオマに言った。
「怪我をしてるからグステに避難してくれと言えば、彼女のことだから絶対に行こうとしないだろうが、避難した病人や怪我人を世話するためにと頼めば行ってくれるだろう。イルオマ、お前から言いにくければ私から言うよ」
「いえ…自分で言います」
ボソリと呟いて、イルオマはホッとしたように小さく息をついた。
「それじゃ明朝、俺とナヴィはユリアネを連れてグステに向かう。帰りは夜か次の日の朝になるだろうが、もし何かあれば早馬を寄越してくれ」
そう言ってガスクが周りを見回すと、その場にいた男たちが頷いた。アサガはどうするのかな。出ていったまま戻ってこないアサガを気にしながらドアを見ると、立ち上がって広間を出ていこうとするガスクたちを見て、ナヴィは慌ててガスクを追いかけた。
|