アストラウル戦記

   19

 リーチャの遺骨は、グステ村のラバス教寺院の隣にある墓地に納められた。
 リーチャの両親の墓の隣に大きな木が立っていて、そのすぐそばに新しくリーチャの墓が作られた。ここなら村人たちがいつも来てくれるから、リーチャも寂しくないだろう。木を見上げながらガスクが小声で呟くと、ナヴィはガスクを見上げた。
「この木にはラバスの神が宿っていると言われている。だから、村人たちは困ったことがあるとこの木に祈りにくるんだ」
「そっか。それを知っててカジュインは…」
 リーチャの墓に菩提の祈りを捧げるカジュインの背中を見ると、ナヴィも共に祈りを捧げた。リーチャ、君がここにいてくれればきっとまた会えるね。考えながら目を開いて、それからナヴィは涙を流しているパンネルの肩を抱きしめた。
 グステ村はサムゲナンと同じように貧しく、以前にも増して食料は不足していた。カジュインは寺院の裏に畑を作って、穫れた芋や野菜を少しずつ村人に分け与えていた。反対に村人が寺院にわずかな食料を持ってくることもあった。
「サムゲナンで起きた暴動が治まったと聞いて、本当に安心した。村にも身内がサムゲナンに住んでいる者がいるからな」
 寺院の食堂でテーブルにつきながらカジュインが言うと、ガスクもカジュインの向かいに座って頷いた。だが、まだ終わった訳じゃない。眉を寄せてガスクが答えると、カジュインはガスクを見た。
「今、サムゲナンに駐留しているローレン王子の部隊と、プティ周辺の平民が組織した自警団、それに俺たちスーバルンゲリラの半数が、プティの王立軍とにらみ合っている状態だ。だが、ダッタンでも飢饉で不安定な状況が続いている。ダッタンで暴動が起きる前に、サムゲナンを拠点にしてダッタンを王立軍の影響下から解放する必要がある」
「そうか…いよいよか」
「…」
 ガスクがカジュインを見ると、カジュインは深いため息をついてテーブルの上で両手を組んだ。時勢の流れだな。カジュインが呟くと、ガスクは頷いて答えた。
「今はあの時とは違う。あの時は仲間はスーバルン人しかいないと思ってた。でも、今の俺たちには大勢の同志がいる…みんな俺たちと同じ志を持ち、同じ世界を築こうと考えている者たちだ」
「ガスク…わしらを超えていくか」
 呟いて、カジュインは目を伏せて笑みを見せた。カジュイン、ガスク、お茶だよ。台所からトレイを持ってナヴィとユリアネが入ってくると、カジュインは笑みを見せてナヴィを見上げた。
「ありがとう。パンネルは?」
「食事を作ってくれるって、川に魚を穫りにいったよ。僕たちすぐにサムゲナンに戻らなきゃいけないからいいって言ったんだけど」
「この食料不足の折に、ご馳走になるのは心苦しいですわ」
 痩せた豆を焙煎して入れた茶を出してユリアネが言うと、カジュインはこちらこそ大したもてなしができずに申し訳ないと答えた。後で手伝いに行こう。ガスクがそう言って器に口をつけると、裏木戸を開ける音がしてナヴィが振り向いた。
「カジュイン、いる?」
 女性の声が響いて、ナヴィとガスクが顔を見合わせた。そうだ、話していなかったな。そう言ってカジュインが立ち上がると、ガスクはカジュインを見上げて言った。
「スベリアじゃないか」
「お前、なぜ」
 驚いてカジュインが声を上げると同時に、台所を通って女が小部屋に入ってきた。黒い髪に黒い目の女は、ガスクたちに気づいてあらと呟いた。相変わらず漁師が履くような短いパンツとシャツ、それに異国風の外套を身につけたスベリアは風変わりで、ナヴィは思わずその姿をジッと見つめた。
 彼女が、スベリア。
 ガスクとユリアネを見て、それから最後にナヴィに視線を向けると、スベリアはあなたがエウリルねと言って手を差し出した。訳が分からないままナヴィがスベリアの手を握ると、スベリアは以前のように無表情のままガスクに声をかけた。
「フリレーテにはもう会えたの? それとも、全てを知りたくなったのかしら」
「スベリア」
 わずかに咎めるような口調でカジュインが名を呼ぶと、スベリアは話すならもう少し広い所へ行きたいわと言った。あなたはオルスナ生まれね。そばに立っていたユリアネを見てスベリアが手を差し出すと、ユリアネはそれを握って答えた。
「ええ。縁あって、幼い頃からオルスナ王宮で侍女をしていた者です」
「それでエウリルといるということは、ユリアネね。私はスベリア。オルスナで数学と文化の研究をしていた者よ。オルスナでもエンナ王妃の噂はよく耳にしたわ。今度のことは、本当に残念だった」
「…ええ」
 目を伏せてユリアネが答えると、スベリアはあなたも話を聞きたければどうぞと言って、礼拝堂に通じる木戸を開いた。私はパンネルの手伝いを。ユリアネが控えめに答えると、スベリアは頷いた。
「あなたは知らない方がいいかもね。エウリル、あなたはどうするの。あなたにも無関係じゃないと思うけど」
「僕は…本当のことが知りたいから」
 ナヴィが言うと、スベリアはじゃあどうぞと言って先に小部屋を出ていった。ナヴィに続いてガスクが礼拝堂へと入ろうとすると、カジュインが名を呼んでガスクを見上げた。
「ガスク、お前はジンカとパンネルの子だ。何があろうとそれだけは揺るぎない事実なんだぞ」
「何言ってんだ、今さら」
 苦笑してガスクがカジュインを見ると、カジュインはガスクの肩をつかんだ。心配げにガスクを見つめるカジュインに大丈夫だと答えると、ガスクはカジュインのしわだらけの手の上に自分の手を重ねた。

(c)渡辺キリ