よく晴れたせいか窓から夕日の赤い光が入り込んで、ラバス教寺院の礼拝堂は美しく輝いていた。
説教を聞くためのベンチに腰掛けると、スベリアはガスクとナヴィを見上げた。スベリアの黒い髪は、夕日を照り返して艶やかに光っていた。
「スベリア、お前は何を知ってるというんだ。フリレーテとは何者なんだ」
僧侶が講和をする時に教典を置く台に手をかけて、ガスクが尋ねた。その顔をわずかに悲しみを映したような目で見ると、スベリアは答えた。
「数字にしか興味のなかった私が、オルスナの歴史を調べはじめたのは、オルスナではよく知られた昔話がきっかけだったの」
スベリアがちらりとナヴィを見ると、ガスクの隣に立っていたナヴィは怪訝そうにスベリアを見つめた。
「ずっとこの国で育ったあなたは、聞いたことがないかもね。オルスナでも、みんなが知っているけどあまり表立って口にされることはない昔話なの。それはこんな話よ」
ベンチに座って自分の膝に肘をつくと、口元で両手を組んでスベリアは話し始めた。
「昔、オルスナに一人の若い王がいたの。強くて聡明なオルスナ王は、あっという間に近隣の諸国をまとめあげ、オルスナを強い国にしたので、国民から尊敬されていた。その国王の末の王女はまるで天使のように美しく気高かったので、とても大切に育てられたの」
そこで一息入れると、スベリアはナヴィをジッと見つめた。
「オルスナ国王は、彼女を身分高く強い男と結婚させて国を継がせるつもりだった。でもある日、王女は一人の平民の男と恋をしてしまったの。男は突然現れて、王女のいる王宮の奥まで入り込んだ。昔話ではその男は魔物で、国中から愛されている王女を妬んで攫うために来たのだということになっているわ」
「スベリア、それは…」
ナヴィが口を挟むと、スベリアはシッと人さし指を唇に当ててからまた口を開いた。
「初めは王女を攫うつもりだった男は王女に恋をして、王兵に捕らえられて死罪となった。その後、王女は大きくなって別の国の王と結婚して幸せになった。それがオルスナで語られている昔話よ。私は子供の頃からこの話を聞いて育ってきたけれど、ずっと疑問に思っていたことがあった」
そう言って言葉を切ると、スベリアはベンチの背にもたれてナヴィとガスクを見上げた。
「なぜ男は魔物なのに、魔法を使って逃げなかったのかしら。魔物だったっていうのはお話の中だけのことで、男は本当は普通の人間だったんじゃないかしらって」
「スベリア、その昔話は本当の話なの。その話に出てくる王女は」
「そうよ。オルスナの歴史を調べるうちに分かったの。この昔話の王は、オルスナ三世、王女はエンナ王女、そして死罪となった男はね」
ナヴィの言葉に答えると、スベリアはわずかに瞳を揺らしてから呟いた。
「ルイカ=ゼマーン。オルスナ二世の最後の愛人で、オルスナで最大勢力を誇ったラバス教団のリーダーだったミゲル=ゼマーンの一人息子の生まれ変わりだったのよ」
なぜこんなに。
激しく胸が鼓動を打って、ガスクはギュッと眉を潜めた。胸騒ぎがする。
ルイカ。
その名を、俺はすでにどこかで聞いたことがある。
「王宮に記録が残っていたわ。王宮に入り込んだ男が無断で王女と言葉を交わして、死罪になった記録が。そこで男が名乗ったのは、ルイカ=ゼマーンという名だった。王宮に侵入した理由は復讐のためよ。自らと自分の父親を殺したオルスナ三世を憎んで、生まれ変わった後もルイカの記憶を持ってオルスナ三世に復讐しようと機会を狙っていたのよ」
「そんな…生まれ変わりだなんて。信じられない」
ナヴィが動揺したように呟くと、私だって初めは信じられなかったわよと答えてスベリアは立ち上がった。
「でも、状況も年代も合っているのよ。常識として信じられないことでも、記録に残った出来事はやっぱり事実なんだわ。ルイカが死んですぐに生まれ変わった男が大きくなって、オルスナ王宮に出現した。そして、王宮でエンナ王女に恋をした男が死罪となって、すぐにまたアストラウルで生まれ変わったんだとしたら辻褄が合うもの」
スベリアの言葉を聞いて、ナヴィはゴクリと唾を飲み込んだ。
「それじゃ…フリレーテは」
「そうよ。彼はルイカの生まれ変わりよ」
そう言って、スベリアはナヴィを真正面から見つめた。
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