「ルイカは、オルスナでラバス教が弾圧された時に投獄された父親、ミゲル=ゼマーンを、オルスナ二世の愛人になることで牢獄から救い出すのに成功した。でもその後、オルスナ二世が死んで、オルスナ三世の命で動いた王兵に親子共々殺されたのよ。だから、ルイカはオルスナ王宮を恨んでる。生まれ変わっても、また同じようにオルスナ三世に殺されたんだもの。一族を根絶やしにしたいとすら思ってるかもね」
「そんな…」
呆然とスベリアを見つめて、ナヴィは呟いた。
フリレーテの冷たく、そして激情を宿した目を思い出した。あれは僕に流れるオルスナの血を心底憎んでいたから。母を殺したのは、一度は愛した王女がアストラウルで別の男に嫁いだから。父親や自分自身を殺された記憶が、今もフリレーテの中に残っているから。
沈黙が三人を包んだ。自分の息づかいさえ、遠い世界の出来事のような気がした。口元を両手で覆って深く息を繰り返すと、ナヴィは潤んだ目でスベリアを見た。
「どうして、スベリアはフリレーテがルイカだと?」
視線を上げて、ナヴィは重い口を開いた。その目を見つめると、スベリアは答えた。
「ナレオトル大学院に、彼がアリアドネラ家に養子に入る前に書いたレタ=グラジーレ名義の論文が残っていたわ。そこには、ルイカしか知り得ないオルスナラバス教弾圧の真実が書かれていた。あまりにも過激すぎて発表はされなかったみたいだけど。それに、レタの両親に会った時、彼らはレタが幼い頃から子供とは思えない利発な言葉遣いをしていたと言ってレタを恐れていた。グラジーレ家は代々、敬虔なソフ教信者なのに、レタだけはオルスナのラバス教の祈りや講和を完璧に記憶していたりね」
その時、ふいにベンチに力なく座って、ガスクが呻いた。身を屈めて顔を覆ったガスクを見て、ナヴィは驚いてガスクに近付いた。気分が悪いの? おろおろとしてナヴィがガスクの肩を抱くと、スベリアはガスクを見て尋ねた。
「まるで自分の話を聞いているようで、驚いた?」
「え…?」
ナヴィが掠れた声で振り向くと、スベリアはベンチの端に腰を下ろして話を続けた。
「ねえ、ガスク。パンネルから聞いたわ。あなたも子供の頃、誰からも教わってないのにラバスの説法を一字一句漏らさずに話したり、古いラバスの呪いや言い伝えを知ってたり、少し変わった子供だったんですってね」
「でも、ガスクのお父さんはラバス教の僧侶だったんだろ。それなら、お父さんに教えてもらったんじゃないの」
「あなたが覚えていたのは、スーバルン人が信仰するラバス教の説教じゃなく、オルスナのものだった。そうよね?」
スベリアの言葉に、ガスクが身を起こした。
「そうだ…だから、親父は俺をラバス教に入信させなかったんだ。パンネルも、俺の兄ですら、グステ村でラバス教の洗礼を受けない子供は一人もいなかったのに、俺だけはそうさせなかったんだ。だから、俺は」
「ジンカ=ファルソから必要のない子供だと思われていた。そう考えていたのね」
「スベリア!」
ナヴィが真っ赤になって怒鳴った。その険しい表情を見上げると、スベリアはベンチの背に腕をかけて横向きに座り、ガスクを真っ直ぐに見つめた。
「あなたの中には、ミゲルがいる。パンネルもそう言ってたわ。あなたは別の誰かの記憶を持って生まれてきたって。あなたが初めて発した言葉は『ルイカ』。あなたが覚えていたラバスの説法は、全てミゲルが覚えていたもの。それはあなたがあなたとして成長する間に忘れ去られてしまったけれど、ルイカがレタ=グラジーレとして生まれ変わったように、ミゲル=ゼマーンはガスクとして生まれ変わってきたのよ」
それが、私の結論よ。
一気にそう言って、スベリアは口を閉じた。
日はいつの間にか暮れ、辺りは目鼻も分からないほど薄暗くなっていた。ガスクの肩を抱いたまま黙っていたナヴィの頬に、涙が一筋流れて落ちた。頭の中は真っ白で、何も浮かんではこなかった。ただガスクに触れた手から伝わる体温が、ナヴィの意識をギリギリの所で保っていた。
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