アストラウル戦記

 ローレンのいる商人屋敷に戻ると、ガスクはナヴィの行方を探していた皆に事の顛末を詳しく話した。自分の中にミゲルの記憶があることには触れず、ガスクがフリレーテとオルスナ王族との確執とナヴィの考えを告げると、ローレンは息を飲んでからガスクを見上げて口を開いた。
「それでエウリルを行かせたのか。なぜ…」
「考えられない。死ににいくようなものじゃないですか!」
 気色ばんでアサガがガスクに詰め寄ると、ガスクは厳しい顔で答えた。
「死ぬかもしれないと分かっているのに、それでも行くと言う奴を止めることは、俺にはできない」
「…死ににいくようなものだってのは、俺たちだって同じだけどな」
 ガスクの隣で話を聞いていたグウィナンが呟くと、アサガはキッとグウィナンをにらみ上げた。それとこれとは話が違うでしょ。アサガが言うと、ガスクが視線を伏せた。
「俺たちと戦えないなら、グステでユリアネと待っていてほしいとも言ったんだが、今、フリレーテに会わなければ、いずれアストリィや王宮が戦場になるからと」
 ガスクが言うと、その場にいた全員が黙り込んだ。
 ナヴィの言った通り、ダッタンが解放されれば次はアストリィだ。
 王宮や貴族たちがどう出るかは分からない。でも、流れはもう止められない。
 しばらく考え込んで、それからローレンは顔を上げて皆を見回した。
「エウリルが自分で決めたことだ。私たちが止めてもエウリルは行くだろう。それにまだ死ぬと決まった訳でもない。それよりも、私たちは自分がやらねばならないことを考えよう」
「ローレンさま…」
 今にも泣き出しそうな顔で目を伏せたアサガの肩を、ヤソンが抱きしめた。大丈夫だ。ナヴィはあれで、結構しっかりしてるからな。ヤソンが言うと、アサガは頷いてローレンを見上げた。
「それでは、これまで通りダッタン解放に向けての準備を」
「そうだな。アサガはイルオマやヤソンと共に、ダッタンへ先攻してアルゼリオと合流してくれ。私はガスクたちと隊列を組んで、東と西に分かれて挟み撃ちにする」
 ローレンの言葉に、その場にいる皆が一斉に頷いた。ナヴィ、死ぬな。眉を寄せて考えると、ガスクはグウィナンやナッツ=マーラと共に出兵の準備をするために部屋を出ていった。

(c)渡辺キリ