サムゲナンに続き、アルゼリオでもダッタン解放に向けて挙兵があったと聞き、貴族たちは急ぎ王宮に集まっていた。
しかし、中には主急病のためと使者をたてるのみに留まる貴族もいて、対応は千々に乱れていた。貴族院で出兵のための決議を済ませた後、ハイヴェル卿はアルゼリオ派兵の準備をするために司令室へ戻っていた。
「父上、アルゼリオへは私が参ります。どうかご決断を」
数人の部下を連れて司令室へ詰めていたルイゼンが、父ハイヴェル卿を険しい表情で見つめた。お前はいかん。そう答えていつものように黒檀のテーブルについたハイヴェル卿は、サインをした書類を武官の一人に渡してからルイゼンを見上げた。
「お前にはアストリィを固めてもらう。アルゼリオへはヴァンクエル伯爵の部隊を行かせる手筈になっている。プティの駐留軍も、アストリィとダッタンへ引き戻さねばならん」
「そうなると、ローレン王子は…」
ルイゼンが尋ねると、ハイヴェル卿は頷いて答えた。
「アルゼリオに加担するか、ダッタンかは分からんが、サムゲナンとプティのにらみ合いという形は壊れるだろう。ルイゼン、お前は急ぎアストリィの王立軍駐屯地へ戻り、守護の準備を進めてくれ」
「分かりました」
王立軍兵式の敬礼をすると、ルイゼンは部下を連れて司令室を出ていった。ちょうど司令室に戻ってきたパヴォルムがその様子に気づいて足を止めると、ルイゼンはパヴォルムを無視して通り過ぎた。
「ルイゼン」
慌ててパヴォルムが呼び止めると、ルイゼンは立ち止まり、振り向いてパヴォルムを見た。
「何か」
その視線はいつもと同じで、パヴォルムは眉を潜めた。あれ以来、ルイゼンは自分を無視している。まるで何事もなかったかのように。パヴォルムが何か言おうと口を開くと、ルイゼンは踵を返した。
「何も用がないのなら、失礼する」
そう言って去っていくルイゼンの後ろ姿を見ると、パヴォルムは外聞もなく耳まで真っ赤になった。何だ、その態度は。エウリルが逃げてホッとしているのだろうが、この戦いにエウリルが参加していれば、お前は再びエウリルと対峙することになるのだぞ。
「パヴォルムさま」
ふいに後ろから声をかけられ、パヴォルムは振り向いて声の主をにらみつけた。男はパヴォルムの形相に驚き、それから遠慮がちに告げた。
「王が内々にパヴォルムさまにお話が、と」
「王が?」
意外な言葉にパヴォルムが小声で問い返すと、男はパヴォルムの手にカードを握らせて素早く立ち去った。カードには王の小姓が使うことを許された紋章が浮き彫りになっていた。遠回しに私を呼んだか。何の用だ。少し考えてから辺りへそっと視線を走らせると、パヴォルムは何もなかったかのように司令室へと急いだ。
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