アストラウル戦記

 ダッタンにいるカイドに出した通信の返事は来なかった。
「アルゼリオからの勢力を警戒して、町がこれまで以上に封鎖されているだろうから、連絡の取りようがなかったんだろうな」
 馬の手綱を握ったまま、グウィナンが呟いた。仕方ない、町に入ってから状況を確認しよう。ガスクが言うと、グウィナンとナッツ=マーラが頷いた。
 プティ周辺のいくつかの市警団とアサガをアルゼリオへ先攻させた後、ローレンたちはサムゲナン西部の山にある小さな峠を越えた所で、並んで馬を止めてダッタンの町を見下ろしていた。町から火の手は上がってはいなかったけれど、ダッタンはどこか砂埃で黄色くくすんで見えて、先頭に立っていたガスクが眉を寄せると、ナッツ=マーラは久しぶりに帰るなと呟いた。
「ローレンさま、ご指示を」
 後ろに控えていたローレンの私軍の司令官が告げた。
「アルゼリオとの手筈どおり、先攻しているヤソンたちがアルゼリオと組んでダッタンの南から侵攻を始めたら、我々は東と西に分かれて奇襲をかける。ガスク、スーバルン軍に西側を頼めるか」
「容赦ねえな。ダッタンの西っつったら、昔から国境をにらんで一番警備が厳しい所じゃねえか」
 ナッツ=マーラが苦笑すると、グウィナンはこの情勢ではそうでもないさと付け加えた。
「アルゼリオが挙兵したんだ。いくら何でも南部に王立軍を集めているだろう」
「カイドたちに、スーバルン街の住人を避難させるように言ったが…間に合ったかな」
 ガスクが呟くと、ローレンは黙ってガスクを見た。町の様子をもう一度眺めて、それから振り向いて私軍とスーバルン軍のメンバーを見回す。
「諸君、くれぐれも民間人には手出しのないように。もし軍兵や武装集団の略奪行為が見られた場合は、民間人を守ることを優先させてくれ」
「はい」
 敬礼と共に私軍の兵士たちが一斉に答えた。あったりまえじゃねえか。スーバルン軍の男が笑いながら言うと同時に、ダッタンから煙が立ち上って空へと届いた。
「始まったな」
 戦いの音までは聞こえなかったけれど、ダッタンの南の方から次々と煙が上がった。行くぞ。ガスクが言うと、スーバルン人たちがおおと声を上げた。ローレンの合図と共に、まずグウィナンとナッツ=マーラが馬で駆け出し、それを追うようにガスクとローレンが馬で坂道を駆け降りた。
「君たちが西へ回っている間、我々が対処する。時間差で来てくれ」
「分かってるよ」
 ローレンの言葉にニヤリと笑ってガスクが答えた。西へ向かうぞ! 先頭を走っていたグウィナンが怒鳴った。ローレンたちアストラウル人の私軍が真っすぐに坂道を駆け降りる中、スーバルン軍はガスクの合図に従って分かれ道で一斉に左へ逸れた。

(c)渡辺キリ