二人で寺院に戻ると、朝から村人たちが前の広場に集まってゲルを建てていた。
「ユリアネ!」
ナヴィが声をかけると、村人に混じって手伝いをしていたユリアネが振り向いた。エウリルさま。にこりと笑みを見せて、ユリアネは二人に駆け寄った。
「村人たちが、いつでも避難民を受け入れられるように、村にゲルを建てると言って集まってきたんです」
「みんな、この村に落ち着く前に親やその親たちが持っていたものを、持ち寄ってるんだよ。捨てずにとっておけば、何かの役に立つもんだ」
そばで破れた毛布を繕っていた老婦人が、針仕事の手を休めずに言った。ありがとうございます。胸が熱くなってナヴィが頭を下げると、ガスクも同じように礼を言ってからユリアネに向き直った。
「イルオマから聞いたと思うが、ユリアネにはここに残って、村人たちと避難民を受け入れる準備を進めてほしい。ここだけじゃ、病人や老人全員を収容することはできないだろう。カジュインにも夕べ頼んでおいたから、一緒に近隣の集落を回って、協力を求めてもらいたいんだ」
「ええ、分かってますわ。私だって、村人たちだけに任せてサムゲナンには帰れないもの。イルオマの思惑にはまったみたいで癪だけど。サムゲナンに戻ったら、イルオマに死んだらあの世まで追っていって怒るわよって言ってたって、伝えて下さい」
「ああ。伝えるよ。ありがとう」
ホッとして答えると、ガスクはナヴィと共に寺院へ向かいながらボソリと呟いた。
「あいつ、見た目よりずっとこええな。オルスナはああいう女ばっかりなのか」
「お母さまも優しい方だったけど、叱られる時は胸がドキドキするぐらい恐かったよ」
ナヴィが苦笑いしながら言うと、ガスクは声を上げて笑った。
サムゲナンに帰るために荷物を馬に積んでいると、カジュインとパンネルがユリアネから話を聞いて寺院から出てきた。後のこと、よろしく頼む。ガスクが言うと、カジュインは頷いてガスクの右手をしっかりと握りしめた。
手分けしてゲルを建てたり、近隣の集落へ知らせにいく村人たちを見て、それからガスクとナヴィは馬でグステ村を出発した。サムゲナンに戻ったら、また戦いだな。ガスクが言うと、ナヴィは目を伏せて答えた。
「後悔しながら戦うのは、辛いよ」
ナヴィの横顔をガスクがチラリと見ると、ナヴィは馬を歩かせながらガスクを見上げた。
「ガスク、僕やっぱり…」
「お前が行ったって戦いは止まらないって、何度言わせるんだよ。世界を一人で救うつもりなのか。そんなことをしたって無駄死にするだけだろ」
「僕が行けば、どうにかなるなんて思ってないし…確かに、無駄死にかもしれないけど」
一つ一つ言葉を選びながら、ナヴィは答えた。
「でも、もし今行かなかったら、フリレーテやアントニアに僕が考えていることを伝えられるチャンスは二度とないんだよ」
「とにかく駄目だって。お前に死なれたら俺は」
言いかけて口を閉じると、しばらく黙り込んでからガスクは前を見て駄目だと繰り返した。分かったのか。そう言ってガスクがナヴィを見ると、ナヴィは黙ったまま頷いた。
サムゲナンまで馬を飛ばして戻ると、町はどこか慌ただしかった。ガスクたちが馬に乗ったままローレンのいる商人の屋敷へ向かうと、ちょうど門からアサガとヤソンが出てきてガスクたちを見上げた。
「遅かったな。使いを出そうと思っていた所だ」
「何かあったのか」
ヤソンの言葉にガスクが馬から降りて尋ねると、アサガが言った。
「アルゼリオで、ダッタン解放を謳う武装集団が王立軍に宣戦布告をしたんです。ローレンさまの元にも、共闘を促す知らせが届いたんですよ」
「やっちまったな。アルゼリオか…意外だな」
「そうなんだ。ダッタンの内部から火の手が上がるかと思ってたけど」
ガスクの言葉に、ヤソンが振り向いて答えながら屋敷に入っていった。四人でローレンの元を訪ねると、ローレンはイルオマや他の武装団のリーダーたちと地図を広げて話し合っていた。
「今日戻ってこなかったら、早馬を出そうと思っていた所だよ。アルゼリオから知らせが来たんだ」
ローレンがガスクを見上げて言った。遅くなってすまない。ガスクが答えると、ちょうど市警団のメンバーに聞いたのか、グウィナンとナッツ=マーラもローレンの部屋に入ってきた。詳しい話を聞かせてくれ。グウィナンが言うと、ローレンは両腕を組んで答えた。
「アルゼリオの地下組織集団から、サムゲナンにいる私たちに共闘を求める密書が届いた。我々の返事がどちらであろうと、明日には挙兵すると」
「明日? どっちにしても間に合わねえじゃねえか」
ナッツ=マーラが呆れたようにローレンを見ると、ローレンは頷いて地図の上に両手をついた。
「地下組織集団は、アストラウル商人の姿で既にダッタン市内部に潜伏し、アルゼリオからと挟み撃ちにしてダッタン南部から攻め崩そうとしている。そこを、サムゲナンから山越えした私たちが東から加勢することで、ダッタンに駐留する王立軍を壊滅、もしくはアストリィまで退行させる」
「そうだな。今ならプティとダッタンの二手に兵は分かれているから、アルゼリオと共闘すれば何とかなるかもしれないな」
ヤソンが地図へ視線を落として言うと、グウィナンやナッツ=マーラが頷いた。今、情報を集めさせている所だ。ローレンが言葉を付け加えると、ガスクは地図を広げた机にもたれて周りを見回した。
「どちらにせよ、放っておく訳にはいかないな。兵を三つに分けて、一つはサムゲナンの住人たちの避難を。後の二つはダッタン解放に」
「いいだろう」
ローレンがガスクを見て頷いた。部屋で地図を囲みながら皆が話をしているのを、端にいて黙って聞いていたナヴィは、誰もこちらを見ていないのを確認してからそっと部屋を出ていった。
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