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ダッタン解放の知らせは、数日後、夜明けを待たずにアストリィへ届いた。
ダッタン南部から攻め入ったアルゼリオの武装集団は、一時、アルゼリオから追撃を仕掛けてきたヴァンクエル伯爵の部隊に押されたものの、東と西から加勢したローレンの私軍やスーバルン軍とで勢いを盛りかえした。王立軍が街の外へ敗走するのを確認すると、ガスクやグウィナンたちはダッタンの南部にあるスーバルン街へ馬でダッタン解放を知らせに走った。
「我々に力を貸してくれて、本当にありがとう」
市街地に集まってきたローレンの私軍やヤソンたちプティ市警団と合流すると、ローレンの手をしっかりと握って、アルゼリオで漁師をしているというがっしりとした体躯の男が笑みを見せた。男はアルゼリオ武装集団のリーダーを務めているようだった。ヤソンに怪我人を救助するよう指示を出していたローレンは、アルゼリオの漁師を見て答えた。
「礼を言いたいのはこちらの方だ。なぜアルゼリオがダッタンを」
ローレンが尋ねると、その場にいたアルゼリオの武装集団の男たちが声を上げて笑った。男たちは皆、貴族ではなく平民だった。ヤソンとローレンが面食らって男たちを見ると、男はひとしきり笑った後、ローレンの肩を叩いて答えた。
「簡単なことだ。アルゼリオだって自分たちだけで生きている訳じゃない。ダッタンが封鎖されれば、穫れた魚はどこに売る? それにただでさえ食糧難のこの時期に、アルゼリオから魚が届かなければ、死人が増えるだけだぜ」
「サムゲナンで起きた暴動の話を聞いて、俺たちだって心底王立軍には腹立ててんだ。何度もダッタンで商売できるよう申し立てしたんだが、許可が出なくてな」
漁師の隣に立っていた男が言葉を続けた。こちらこそ、ありがとう。そう言って男たちの手を次々と握ると、ローレンはホッとしたように息をついた。
「ローレンさま!」
汚れた剣を手に持ったまま、アサガがイルオマやスーバルン人の男と一緒に駆け寄ってきた。街はまだ煙や砂埃で一杯で、アサガはゲホッと咳き込んでからヤソンとローレンを交互に見上げた。
「アサガ、大丈夫か。怪我はないか」
血のついた胸当てを見てヤソンが心配げに尋ねると、アサガは赤くなって大丈夫だよと答えた。
「市街地の民間人は避難が済んでいますが、スーバルン人が多く住む南部の貧民街は、民間人の死傷者が大勢出たようです」
「さっき、ガスクがスーバルン人の仲間を知らせに寄越したんですよ。私たちはこれから、市街地で薬と食料を調達して南部へ向かいます」
アサガに続いてイルオマが言うと、ローレンは頷いて答えた。
「分かった。すぐに市街地に避難所を設置して、スーバルン人たちを収容しよう。ダッタンの住人にも協力してもらわなければ」
ローレンの言葉に、アルゼリオの武装集団のメンバーたちが俺たちも手伝おうと言った。市街地は戦闘の跡もほとんどなく、被害は少なかった。アサガとイルオマが南へ向かって駆け出すと、ローレンはヤソンやその場にいた仲間たちに我々も急ごうと声をかけて、ダッタンの北部へ向かった。
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