戦場となったアストリィのあちこちで、音が煩雑に入り乱れていた。
剣の音、砂を蹴る音、人が倒れる音…雄叫びや悲鳴の中を馬で突っ切っていた、ガスクが率いるスーバルン軍は、王立衛兵軍の記章をつけた軍兵の一団に行く手を阻まれた。
「王立衛兵軍だ! リーチャの敵を取れ!」
「スーバルンは同胞を殺した者を許さないぞ!」
「ラバスの神の元に集え!」
スーバルン軍の兵士たちが、次々と衛兵軍に突っ込んでいった。剣を合わせる高い音が響いた。衛兵軍は突然現れたスーバルン軍に戸惑い、陣を乱していた。
「グンナ!」
ふいにカイドの声が響いた。
スーバルン軍の中心で指示を出していたガスクが、馬の手綱を操りながら振り向いた。脇にいたグウィナンが、剣を構えてカイドの声が示した方へ馬で駆け出した。グウィナン、一人で行くな! ナッツ=マーラが怒鳴ると、グウィナンはその声には答えずに、衛兵軍の一番奥で指令を出していたグンナに切り掛かった。
「お前は…あの時の僧侶か」
グウィナンの剣を受けて、馬に乗ったままグンナが口を開いた。
グンナは以前よりも更に痩せて、目つきが鋭くなっていた。何者かに取り憑かれたような狂気に近い光を目に宿していた。合わせた剣がギリッと震えて、グウィナンはグンナの言葉には答えず腰に差していた二本目の剣を右手で抜いた。
「!」
グンナの馬が嘶いた。ピッとグンナの頬に赤い筋が描かれた。クッと眉を寄せて一本の剣でグウィナンの二本の剣をギリギリで受けると、グンナは肩で息をしながらグウィナンをにらんだ。
「あの男娼は、お前の恋人か。復讐をという訳か、つくづく罪深い僧侶だな! 俺はもうあの頃の俺とは違う。俺を守護する御方は、俺たちを勝利へと導く力をお持ちだ! 俺はここでお前に殺されはしない!」
嘲るように言ったグンナの言葉に、グウィナンは黙ったまま剣を振り下ろした。それを遮ろうとしたグンナの腕に刃先が当たって、グンナは咄嗟に馬を引いた。
これは復讐じゃない。
グウィナンの脇から、馬に乗ったカイドが剣を構えて駆け込んだ。その長い剣が、まるでスローモーションのようにグンナの革の胸当てを貫いた。これはリーチャの復讐なんかじゃない。リーチャを殺したのは…俺だからだ。
これは、リーチャを含めた俺たちスーバルン人が、自由になるための戦い。
一瞬、周囲の音がかき消えた。リーチャの腕が自分を抱きしめ、ふっと空中に消え去ったような気がした。リーチャ、お前はここにいるのか。俺たちと戦ってくれるのか。空を見つめたグウィナンの耳に、カイドの声が届いた。
「王宮を開くんだ! 同胞のために戦うぞ!」
わああっといういくつもの声が自分の鼓動と混ざりあった。グウィナンが振り向くと、馬から落ちたグンナを見て、衛兵軍の兵士が動揺したように動きを止めるのが見えた。ガスクとナッツ=マーラが、鬼神のように剣を振るう姿が視界に飛び込んで、肩で大きく息をしながらグウィナンが馬の上から足元を見下ろすと、カイドの剣に胸を貫かれたまま、グンナが俯せに倒れていた。
リーチャ。
これは復讐なんかじゃない。お前のために殺したんじゃない。けれど。
「グウィナン!」
馬に乗ったまま、堪えきれずに俯いてグウィナンは涙を流した。お前を愛してる。お前を愛してた。俺はお前を守ってやれなかった。ずっとそう思いながら戦い続けてきた。
でも、今。
一つの憎しみが終わろうとしている。
「グウィナン! まだだ!」
司令官を失った衛兵軍が、闇雲に剣を振るっていた。馬で駆け寄って剣を間一髪で受けると、ガスクが怒鳴った。
「まだ続いているんだ! 泣いてんじゃねえ!」
ガスクの言葉に、グウィナンは大きな手で自分の頬を拭った。分かってる。そう言ってグッと唇を噛むと、グウィナンは後から抜いた二本目の剣を鞘に納めて、馬の手綱を握り直した。
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