アストリィの土を覆い尽くすように戦い続けた。じわじわと押されて王立軍は後退を始めていた。すでに司令室を出て戦いに自ら参加していたルイゼンは、倒れゆく軍兵たちを見ては胸を締めつけられるような思いに駆られていた。
私はこれまで何を知っていたというんだろう。
司令室で指示をして、作戦を立て、部隊を動かし、それで分かったつもりになっていた。
目の前で軍兵が切られていくのを目の当たりにして、ルイゼンは肩で大きく呼吸を繰り返した。総力戦となっているアストリィでの戦いは、敵味方入り乱れて熱気と狂気に包まれていた。戦いが果てしなく繰り返されるような気すらした。
「王宮に逆賊を入れるな!」
王立軍の誰かが叫んだ。王立軍の一部隊が解放軍に囲まれるのを防ごうと、ルイゼンが弓隊のいる方を振り返ると、そこに剣を持ったパヴォルムが立っているのが見えた。
「パヴォルム! 弓を…」
言いかけて、ゾクリと背筋を悪寒が走ってルイゼンは剣を構えた。
「パヴォルム…」
その足下には、ルイゼンの側近であった軍兵が倒れていた。いずれも背側から切りつけられていた。なぜ。息を乱してルイゼンが尋ねると、パヴォルムが剣を振り上げて答えた。
「知れたこと! 貴様が死ねば、王立軍の筆頭将軍はこの俺だ!」
「バカなことを…この状況が分からないのか!?」
ルイゼンが怒鳴ると、パヴォルムは構わず剣を振り下ろした。切っ先はルイゼンの鎧に当たって跳ね返った。わずかに出ていた肩と眉間を切られてルイゼンがクッと眉を寄せると、パヴォルムははあはあと呼吸を繰り返して、血走った目でルイゼンを見据えた。
随分長い間、そうしているような気がした。
「王立軍が、王宮すらなくなるかもしれないこの時に…」
ルイゼンが低い声で呟いた。切られた眉間から血が流れて、ルイゼンの鼻筋からあごを伝って流れ落ちた。ルイゼンの言葉はパヴォルムには届いていなかった。パヴォルムが再び剣を振り上げ、それを受けようとルイゼンが剣を構えた瞬間、黒い人影が目の前に飛び込んできた。
ギン、と剣を合わせる鈍い音が響いた。
「何やってんだ、お前」
背の高いスーバルン人が、ルイゼンの目の前で剣を逆手に持って構えていた。驚いてルイゼンが男を見ると、男は振り向いてルイゼンを見た。
「この野郎、あんたの何?」
「君は…」
驚いてルイゼンが呆然と呟くと、ナッツ=マーラはふてくされたように言葉を続けた。
「まさかこの状況で痴話喧嘩とか」
「なっ…ふざけてるのか貴様!」
真っ赤になってルイゼンが怒鳴ると、ナッツ=マーラは剣を構えたままパヴォルムを見据えた。
「ルイゼン、投降しろ。これ以上戦っても無意味な死が増えるだけだ。王宮を明け渡し、国政を民衆の手に返せば王立軍にはこれ以上手出しはしない」
「どっち向いて言ってるんだ」
ルイゼンを背に庇ってナッツ=マーラが言うと、ルイゼンは呆れたように答えた。これ、ローレンからの伝言。チラリとルイゼンを見て言うと、突然現れた解放軍の兵士を前に、緊張で何度も大きく呼吸を繰り返すパヴォルムを見てナッツ=マーラは言葉を続けた。
「こいつ王立軍だな。お前にとっては味方かもしれないが、俺にとっちゃ敵だ。つーかお前に剣を向けてんだから、お前にとっても敵だな! そうだな!」
「何を…、!」
ルイゼンの後ろから、パヴォルムの部下が切り掛かってきた。それに気づいてナッツ=マーラが兵士を切り伏せた。
「悪ィけど、殺すわ」
ナッツ=マーラの声はこれまでとは違い、重く低く、まるで地の底から這い上がってくるような声だった。
「あ…」
それは一瞬で、ルイゼンは身動きできずにナッツ=マーラの剣の軌道を見た。それは以前、見た時と同じように、見本にしたいほど綺麗な放物線を描いていた。ナッツ=マーラの剣はパヴォルムの眉間を割って、鎧の隙間から腹を切り裂いた。切られていながらもまるで鬼のような形相で、パヴォルムは二人に向かって剣を構えた。
「! ルイゼン…!」
ナッツ=マーラが目に入っていないかのように、パヴォルムは獣のような声を上げてルイゼンに切り掛かった。それは一瞬で、ルイゼンは脇腹を剣で切られて驚いたように目を見開いた。ルイゼン! 名を叫んで、ナッツ=マーラは更に剣を振り上げたパヴォルムを後ろから剣で突き上げた。
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