「あ…あ」
脇腹を押さえたルイゼンの手が、真っ赤に染まっていた。その向こうからアサガが二人に気づいて駆けてくるのが見えた。パヴォルムの体から剣を抜くと、ナッツ=マーラは血に塗れた剣を持ったまま、その場に倒れたルイゼンに駆け寄った。
「大丈夫か!」
青くなったナッツ=マーラがルイゼンを抱きかかえると、ルイゼンは浅い呼吸でナッツ=マーラを見上げた。やべえな。ナッツ=マーラが呟くと、アサガがそばに跪いてナッツ=マーラを押しのけた。
「何すんだ!」
思わずナッツ=マーラが怒鳴ると、アサガは止血しますから黙ってて下さいと答えて腰から下げていた袋から細長い布を取り出した。イルオマに教えてもらったんだ。そう言いながら手早く応急処置をすると、アサガは痛みで気を失ったルイゼンの腕をつかんで引き起こそうとした。
「これじゃ血がなくなってしまう」
「救護班まで連れていけばいいんだな! 乗せろ!」
そう言ってナッツ=マーラが背を向けた。アサガが驚き、それからルイゼンの体をナッツ=マーラの背に押し上げると、ナッツ=マーラはルイゼンを背負ったまま剣を右手でつかみ、そのまま味方の陣の方へ駆け出そうとした。
「ちょっ…待って下さいよ! 敵を解放軍の救護班の所へ連れていける訳ないでしょ!?」
「あ、そうか。もう、めんどくせえな」
舌打ちをして言うと、ナッツ=マーラはアサガを見てクイと首を曲げた。
「お前、こいつの記章、引きちぎれ」
「は!?」
「早く! ルイゼンが死んでもいいのかよ!」
ナッツ=マーラが怒鳴ると、その迫力に押されてアサガがルイゼンの首元についた記章に手をかけた。その言葉を聞いていたのか、ふと目を開いてルイゼンがアサガを見た。
「…やめてくれ。これを失えば、戻れなくなる。私は今、戦線を離れる訳には…」
「何言ってんだ! 死ぬか生きるかって時に! おい、お前!!」
アサガの向こうで、ルイゼンが連れ去られようとしているのをどうしていいか分からずにオロオロと見ていた王立軍の兵士に、ナッツ=マーラが怒鳴りつけた。
「お前、王宮にいるこいつの親父に、ルイゼンは戦死しましたと言ってこい」
「何言ってんですか! 勝手なことを!!」
「勝手で結構。死ぬよりマシだ」
アサガの言葉に怒ったように言い捨てて、ナッツ=マーラは駆け出した。バカ。ぐったりとナッツ=マーラの背にもたれかかって、ルイゼンが掠れた声で呟いた。記章! アサガが慌てて声を張り上げると、ナッツ=マーラは立ち止まって地団駄を踏んだ。
「早くしろ!」
「確かに、ルイゼンさまはこのまま戦い続ければ、後は死が待つのみです。僕たちはルイゼンさまとは旧知の仲だ。ルイゼンさまのためを思うなら、お前はハイヴェル卿の元へ伝令にゆけ。ルイゼンさまは我々の捕虜となった。実戦の統括者を失ったのだから速やかに投降せよと」
アサガが兵士に向かって言うと、そばにいた王立軍の兵士は、しかし…と言いよどんだ。その様子をイライラしながらにらんで、それからアサガは王宮を指差した。
「解放軍の旗は、今にも王宮に上がるだろう! 戦死傷者をこれ以上増やさないためにも、早くゆけ!」
アサガが怒鳴ると、兵士は王宮に向かって駆け出した。アサガ、早く! ナッツ=マーラが再びアサガを呼んで、アサガはナッツ=マーラに駆け寄ってルイゼンの首元についた王立近衛軍の記章を剣の先で引きちぎった。
「ルイゼンさま、あなたには我々の捕虜となっていただきます。捕虜の手当ならできますから」
「行くぞ、アサガ! 援護しろよ!」
焦ったようにナッツ=マーラが言った。ルイゼンがうっすらと開いた目でアサガを見て、それからまた目を閉じた。ルイゼンさま、死なないで。必死に祈りながら、アサガは全速力で駆け出したナッツ=マーラを懸命に追いかけた。
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