解放軍は王立軍と戦いながらアストリィを突破し、王宮の門をやぶろうとしていた。山から切り出した大きな木を閉じられた門にぶつけて、扉が開くと、先頭にいたヤソンの軍が王宮の敷地内になだれ込んだ。
「王宮に我らの旗を!」
ヤソンが声を張り上げて怒鳴った。解放軍の数は王立軍を圧倒し、王宮を守っていた王立軍の兵士は戦意を喪失しつつあった。王宮内にある王立軍の司令室は、外の騒動と半比例して静けさと重苦しさに包まれていた。
「全ての責任は、この私にある…」
司令室の一番奥に置かれた椅子に座っていたアントニアは、低い声で呟いた。
「私はこれから一人で最後の時を待とう。ハイヴェル伯爵、君を王立軍の大将軍から解任する。皆を連れてすぐに王宮から逃げるんだ」
「偉大な王よ…責任を取るべきなのは私の方でございます」
床に額を擦りつけるように、ハイヴェル卿がその場に跪いてアントニアの足下で頭を下げた。どうか、王はノーマさまやサニーラさまの元へお逃げ下さい。ハイヴェル卿がそう言うと、青ざめた顔で伝令が息せき切って駆け込んできた。
「もっ、申し上げます…! ルイゼンさまが行方不明! 捕虜となったかお亡くなりになられたかは不明でございます!」
「ルイゼンが!?」
ハイヴェル卿とアントニアが、同時に立ち上がった。ルイゼンが…。ふらりとふらついてそばにいた部下の手を支えにすると、ハイヴェル卿は苦渋の表情で呟いた。
「私の息子でなければ…このような目に遭うこともなかったろうに」
「ハイヴェル卿、ルイゼンは君の息子であることを常に誇りにしていた。そのように言うもんじゃない。まだ死んだと決まった訳じゃないんだ」
しっかりとハイヴェル卿の肩をつかんで言うと、しばらく黙り込んでからアントニアはマントを翻して司令室のドアを開くよう兵士に告げた。国王さま。その場にいた将軍や軍兵たちが不安げに呼ぶと、アントニアは振り向いて答えた。
「重ねて言うが、全ての責任はこの私にあるのだ。ハイヴェル卿、後で霊廟まで私の首を取りにくるがよい。それを手みやげにすれば、お前たちが罰されることはなかろう」
「国王さま」
兵士たちが一斉にアントニアに向かって敬礼した。ニコリと口元に笑みを浮かべると、アントニアはハイヴェル卿に頷いてから司令室を出ていった。王宮の廊下にも、王宮に残っていた王立軍の兵士たちがズラリと並んで敬礼していた。その脇に立っていたスラリと背の高い青年が、アントニアに気づいて顔を上げた。
「アントニアさま…」
「セシル! まだ逃げていなかったのか!」
驚いてアントニアがセシルの手を取ると、セシルは黙ったまま首を横に振った。私は最後まで王と共に。セシルが涙ぐんで言うと、アントニアは優しげな声でいいからもうお行きと答えた。
「君の父母も、既に国外へ逃げているのだろう。君が王宮で死んだら悲しむよ」
「いいんです。私を王宮へ上げた時点で、もう死んだものと思っていると言われたことがあります。私の望みは、アントニアさまと最後まで共にいることです。どうか、アントニアさま」
「でも、君は生きているじゃないか」
セシルの頬に触れると、アントニアはセシルの手を離して、そばにいた兵士にセシルを王宮外まで逃がすように頼んだ。アントニアさま! 歩き出したアントニアに、セシルが叫んだ。兵士に押さえられながらも涙を流して名を呼ぶセシルの声を聞きながら、アントニアは足早にその場を立ち去った。
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