ダッタンでの夜は戦闘が起きたにも関わらず、以前、ナヴィを迎えにきた夜よりもずっと穏やかで暖かさに満ちていた。避難所では、ダッタンのアストラウル人たちをローレンやヤソンたちが諭しておいたためか、思った以上に混乱もなくスーバルン人たちを受け入れていた。飢饉と内戦が重なったためか、貴族がいない平民だけの避難所は互いに助け合いどこか一体感を増していた。
「アサガ!」
炊き出しの温かいスープとパンをもらって列から離れると、呼び止められてアサガは振り向いた。駆け寄ってきたスーバルン人は、ダッタン南部のラバス教寺院で見たことのある顔をしていた。
「カイド?」
ナヴィから聞いたことのある名前を必死で思い出して、アサガが呼ぶと、カイドはニヤリと笑って忘れてたんだろと言った。そんなことは。アサガが苦笑して避難所から少し離れた所に置かれた木箱に腰掛けると、隣に座ってカイドは腰にさしていた剣を外した。
「今から食事か。大変だな」
カイドが言うと、アサガは肩を竦めた。カイドは年も近く、他のスーバルン人に比べると何だか人なつこかった。前からこんな奴だったかな。アサガがカイドを見ると、カイドは尋ねた。
「あのチビこいのはどうしたんだよ。まさか死んだんじゃないだろうな」
その表情は少し心配げで、そうかと納得してアサガは答えた。
「生きてる、と思うよ。彼は事情があって、この戦いには参加していない」
エウリルさまと親しかったっけ。だから、僕にも親しげなのか。
ラバス教寺院では硬い表情をしていたカイドを思い出すと、アサガはスープの入ったコップに口をつけた。そう。意外そうな顔をして、それからカイドは真っ暗な空を見上げた。
アサガがつられて夜空を見ると、そこには落ちてきそうなほど多くの星々があった。
どうか無事でいて下さい、エウリルさま。
これから新しい国が作られようとしている時に、あなたを失いたくない。
「ナヴィはガスクと一緒に、スーバルン人のために戦ってくれるもんだと思ってたな。ちょっとガッカリだ」
ふいに目を伏せてカイドが言った。でも、サムゲナンから戻ってきた仲間はみんな、ナヴィのこと悪く言わないから、俺も我慢してるんだ。そう言って、カイドは少しふてくされたように自分の足下を見つめた。
「あの人は、自分の用が済んだらきっとすぐに戻ってきて、あなたたちに会いに来ますよ。そういう人だから」
アサガが言うと、カイドはそうかなと答えてアサガを見た。アサガがニコリと笑みを見せて頷くと、カイドは満足したように立ち上がった。
「そうだ、ナヴィに会ったら伝えようと思ってたんだけど、あんたに言っとくわ。俺より先にナヴィに会ったら言っといてよ。アニタはナザナや家族と一緒にダッタンを出て、アルゼリオとの境の村で暮らしてるって。アニタが病気になっちまったから、ナザナが兄弟たちと一緒に畑を作ってんだ。時々、ダッタンに野菜を売りに来てたけど…ダッタンがこんな状態になってからは、一度も見てない」
「そっか…でも、アニタさんのことはあの人も心配してたから、きっと喜ぶよ」
アサガが笑みを見せて答えると、笑い返してカイドはまた避難所にいる仲間たちの元へ駆け出していった。エウリルさま、あなたのこと、みんな忘れてないよ。ぼんやりとその様子を眺めながら考えていると、ふいに後ろから両肩を叩かれて、アサガは飛び上がるほど驚いて振り向いた。
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