アストリィの南部とダッタンの北部では、王立軍と解放軍のにらみ合いが続いていた。
ダッタン解放から四日目、にらみ合いが始まってから三日目の朝、ダッタン北部の解放軍司令部にいたローレンとヤソンの元に、ダッタンの北西部から王立軍との戦いが始まっていると知らせが入った。武装したローレンたちが全軍にアストリィへの攻撃を指示して、自らも戦場に身を投じることで、サムゲナンに端を発したアストラウル内戦の火蓋は切って落とされることとなった。
ダッタンに集まった解放軍の数は、ダッタンが解放された夜から膨らみ続けていた。イルオマや他のメンバーからの進言を受けて、ローレンは貴族からの軍事力の提供を丁重に、そして尽く断り続けた。
「この国の土を民の元に返すんだ! アストラウルを再び我らの手に!」
それぞれの市や町から集まった平民の武装集団たちが、口々に叫びながら王立軍に向かっていった。ダッタンとアストリィの境から始まった戦いは、解放軍に押されて、美しく白い町並みを誇るアストリィを次第に砂埃と血と怒号で埋め尽くした。
「ノーマ」
王の政務室に呼ばれたノーマ王妃は、アントニアが即位することで新たに王太子となった息子と、その妹である王女の小さな手をその両手に握りしめて、アントニアの前に立ち尽くしていた。
アントニアがノーマの名を呼ぶと、ノーマは頑な表情でアントニアから目をそらした。
「私はお義母さまに比べれば何の役にも立たない、バカな女ですわ。でも、王妃である誇りまで捨ててしまっては、何も残らないじゃありませんか」
「ノーマ、君がここに残れば王太子はどうなる。大臣たちですら、既にアストラウルから逃げ出している者もいるんだ。今のうちに王宮を出なければ、もし万が一王立軍が破れることがあれば、君たちの命の保証もないんだ」
ゆっくりと優しく諭すように、アントニアが言った。
周囲には侍女や侍従、小間使いたちが、ノーマや王太子を王宮から逃がすためにその場に控えていた。ノーマ、頼む。アントニアがノーマの肩をつかむと、ノーマに手を握られていた王太子と王女が緊迫した空気に怯えて、ノーマの豪華なドレスをつかんで後ろに隠れた。
「こんな時ぐらい、本音を仰って!」
ふいに大声で怒鳴って、ノーマは潤んだ目でアントニアをにらんだ。
滅多に聞くことのないノーマの怒鳴り声に驚いて、幼い王女が泣き出した。怖がらなくてもいいんだよ。そう言ってアントニアが王女を抱き上げると、ノーマは王女を取りかえしてアントニアから一歩離れた。
「あなたは私たちを遠ざけて、本当に愛する者とこの王宮で心中なさるおつもりなんだわ! 最後まで人をバカにして、私はあなたにとって何だったの!?」
「…」
黙り込んだアントニアをにらみつけて、ノーマは王女を抱きしめた。
「あなたはもう、狂っているのよ! この国の全てを、いいえ、それだけじゃ足りずにまだ手に入れてもいないオルスナすら、あの下賤に与えようと考えているんだわ! そのためにどれぐらいの人が死んでもあなたは構わないのよ!」
「ノーマさま、どうかお静まり遊ばせ」
控えていた侍女が取り乱したノーマを慌てて押さえた。涙を堪えていた王太子が、父であるアントニアを見上げた。
「王太子、母と妹を守っておくれ。私はこの国の王だ。たとえ王立軍が負けようとここから動くことはできない。だが、君たちはどうか生き延びておくれ」
そう言って、アントニアはその場に膝をついて王太子を軽く抱きしめた。続いて興奮したノーマに抱きかかえられた王女を、ノーマごと抱きしめると、アントニアは彼女たちを馬車へと指示した。
「アントニアさま…どうかお気になさらず。ノーマさまは錯乱しておいでなのです」
ノーマが引きずられるように政務室を出ていくと、そばにいた侍従が青ざめて言い添えた。いいから、一人にしてくれ。アントニアが言うと、侍従や侍女たちは礼をして次々と政務室を出ていった。
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