アストラウル戦記

 腹に傷を受けたルイゼンは、アストリィに作られた負傷者の救護室に収容され、意識不明のまま内戦終結の日を迎えた。
 ハイヴェル卿が王立軍大将軍として投降してから四日目、ようやく目を開いたルイゼンは目の前のランプを見て眩しそうに目を細めた。そのまままた意識を失うように眠り、次の日に目が覚めると、ナッツ=マーラが心配そうに顔を覗き込んでいた。
「君は…」
 声は力なく掠れていた。熱があるのか、体が動かなかった。大丈夫か。水飲めよ。そう言って藁をさしたコップを差し出した。ルイゼンがまた重くなった目を閉じると、ふいに唇に濡れた感触がして、もう一度目を開くとナッツ=マーラがせっせと綿に水を含ませてルイゼンの唇を湿らせていた。うっすらと目を開いたルイゼンを見ると、ナッツ=マーラは真剣な顔で水を綿に含ませながら言った。
「腹の傷、まだヤバいって医者が言ってたぜ。当分ここで寝てろって。メシ食えそうだったら食うか」
 ナッツ=マーラの言葉に、ルイゼンは黙ったまま力なく首を横に振って、また目を閉じた。次に目を覚ました時には少し体が軽くなっていて、首をもたげるとそこではナッツ=マーラが椅子に座ってうたた寝をしていた。
 次も、その次も目が覚めるとナッツ=マーラがいて、どうしてなんだろうとぼんやり考えながらルイゼンは眠りについた。数えきれないほど目覚めと眠りを繰り返した後、腹が空いてルイゼンが目を開くと、今度はナッツ=マーラがルイゼンの額の汗を拭っていた。
「ルイゼン?」
 ナッツ=マーラが気づいてその顔を覗き込むと、ルイゼンはナッツ=マーラを見上げて言った。
「お腹が…」
「痛いのか? 医者呼んでくるか?」
 ナッツ=マーラが尋ねると、ルイゼンは首を横に振って呟いた。
「お腹が空いた」
 一瞬、目を丸く見開いて、それからナッツ=マーラはあははと声を上げて笑った。すぐに食えそうなもの持ってきてやる。そう言って救護室を飛び出していくと、ナッツ=マーラはすぐにトレイを持って戻ってきた。
「大丈夫か。起きられるか?」
 ナッツ=マーラが支えると、ルイゼンはベッドの上で枕を背に入れてわずかに身を起こした。
「ほら。最初は柔らかいものから食えって」
「食料は…戦いは」
 ルイゼンが口を開いて言うと、ナッツ=マーラはドロドロに煮とかした粉と少しの野菜のはいったシチューをルイゼンの口に運びながら答えた。
「心配すんな。食料は新政府のおかげで、少しずつアストリィに集まってるんだ。配給も始まってるし、王立軍は投降した。まだ戦犯の裁判は始まっていないが、お前の親父は元気だよ。王宮で解放軍の捕虜となっているはずだ」
「そう…」
 力なくルイゼンが目を伏せると、ナッツ=マーラは匙を器の中に入れてルイゼンの顔を覗き込んだ。
「お前、またごちゃごちゃ考えてんじゃねえか。今は物考えてる場合じゃねえぞ。自分の体のことだけ心配しろよ」
 ナッツ=マーラの言葉にルイゼンが視線を上げると、ナッツ=マーラはまた匙を取ってルイゼンにシチューを食べさせた。とにかく食って寝ろよ。ナッツ=マーラが言うと、ルイゼンは黙ったままナッツ=マーラが口に運ぶシチューを食べ続けた。

(c)渡辺キリ