19 人の呼び名
この時代の人たち、特に物語上の人たちは、めったなことでは本名を呼びません(その風潮は江戸時代まで続くようですが)
内裏や上流階級では特にその傾向が強く、みんな役職名や住んでいる場所で呼び合います。
主上の妃たちは住んでいる場所で呼ばれるというのは、注釈でも書いた通りですが、人が変わっても呼び名は同じなので、たとえば今主上が退位して、絢子も藤壺を去れば、他の人が藤壺と呼ばれることになります。
特に藤壺は、有力な藤原家の娘が入ることが多かったので、惟彰が即位すれば、おそらく芳姫が藤壺に入る訳なんですが、そうなると今度は芳姫が藤壺と呼ばれるようになります。
同じ藤壺と言っても、場所を指す場合と人を指す場合があるので、古典を読んでいてもその辺は文脈で判断するしかないようです。
まあ、妃は一度入ってしまえば、引っ越すまでずっとその名で呼ばれる訳なんでまだマシなんですが、大変なのは大内裏で働く人たちの呼び名。
『源氏物語』でも、光源氏はまだ呼び名の頭に「光」や「源氏」がつくから分かるけど、光源氏のライバルの頭中将に至っては、さしたる呼称もナシ。頭中将から内大臣になっても、まさに話の流れで理解するしかありません。
『玻璃の器』でこれをやると、余計なストレスになりそうなのでやめましたが、一人だけ例外がいるんですねえ。
それは時の宮で、この人は出世していくにつれ、呼び名もどんどん変わっていきます。
とは言っても、頭に「時の」とつく呼び名は全員、時の宮を表しているので、心配せずに読み進めてくださいませ。一人ぐらいは平安調に則って、そういうことをしてみたかったんです。
馨君も、たまに宮中で侍従の君とか呼ばれてますし、さほど親しくない人からは、やっぱり役職名で呼ばれることも多いんですが、できるだけ頭に「馨」という字をつけるようにしています。 |