大祓
 

 内裏を越えて宮中まで大騒ぎとなった暁の宮の参内は、日が暮れ、次の日が来てもまだ噂に上っていた。評定では他の問題と共に、暁の宮の臣籍降下が幾日も話し合われていた。
 暁の宮の後見には数人の公卿が名乗りを上げたが、前右大臣の一の君、頭中将の父である現左大臣が務めることになった。梨壺も徐々にいつも通りの生活に戻り、二人の東宮妃に平等に通う春宮の姿に内裏も落ち着きを見せる頃、一人の公達が梨壺を訪れた。
 晩夏の庭には、気の早い蜻蛉が木々の間を飛び交っている。
 薄物の透けた直衣の内に見える鮮やかな撫子の重ねが、春宮の艶やかな姿形に映えていた。顔を合わせるのはあの清涼殿でのこと以来で、緋色の束帯に冠をかぶった暁の宮の姿は、これまでの色直衣とは違いピリッとした緊張感に包まれていた。
「似合うな」
 春宮が言うと、暁の宮は笑った。
 屈託のない笑顔だった。
「もうご存じのこととは思いますが、直接お礼をと参上いたしました。名は源成彰となりました。官位は従五位下、中務省侍従でございます」
「…そう、侍従に」
 誰の意向かは聞かなかった。主上であれ三条の大臣であれ…これまで父と共にいられなかった年月を、侍従という役職なら自然と縮めることができるにちがいない。
「到らぬことだらけで、汗をかいてばかりいます」
 照れくさそうに笑みをもらすと、暁の宮はありがとうございましたと頭を下げた。礼など言われるようなことは何もしていない。そう呟くと、脇息にもたれて春宮は蝙蝠を開いた。
「それに、私はあなたの臣籍降下には反対だった。親王になれば邸を構えてのんびり暮らせるものを、気苦労の多い臣になど」
 唇を尖らせてぶつぶつと文句を言う春宮に、暁の宮は苦笑して答えた。
「でも、源になればこうして毎日、機嫌伺いに参上できますので。あなたを支え、あなたと共に…生涯を過ごせます」
 真っすぐに自分を見つめる暁の宮の視線に、春宮の首筋は真っ赤になった。

(2006.10)

 
(c)渡辺キリ