兄×妹です。終わりの方にちょっとだけそれっぽいシーンあり、です。
「にゃー!」
道端の野良猫を見つけて駆け寄るアルを必死の形相で引き止めながら、エドワードは先刻まで診察を受けていた医師の言葉を思い出していた。
(相当優秀な腕を持った人間ですね。ここまで完璧に人格が入れ替わる例はそうそうありませんよ)
隣の街に評判のいい精神科医がいるとロブに教えられてアルを伴い訪ねてみたが、エドワードの期待していたような診断結果と予後は、医師の口から語られる事はなかった。
(無理に戻そうとすれば別の人格が出たり、元の人格が破壊されたりしかねません。彼女を元に戻す最良の方法は、その術師に元通りにしてもらう事です)
(優秀な催眠術師はありふれた言葉や物で催眠状態を造り出す事が出来ますからね…言葉や匂い、味…ありとあらゆるものを利用します)
「…それが出来ればとっくにそうしてるっての!」
独り言にしては大きすぎる声で毒づいてみるが、もうそんなエドワードをたしなめるアルはいない。
「にゃー!にゃーん!」
縞模様の野良猫に触れようとしてエドワードを引きずる、正に無邪気としか言い様のないアルが存在するだけだった。
「にゃーん!にゃーん!」
「ダメだっ!猫は飼えねえってもう何万回も言ってるだろ!」
釣り上がり気味の目を更に釣り上げてエドワードは怒鳴るが、そうするとアルも更に声を大きく上げて抗議するかのように、エドワードに掴まれている腕をぶんぶんと振り回す。
身体は華奢だが身長はわずかにアルの方が高い。その腕の振りの勢いに予想外に足元がふらつき、仕方なくほんの少しだけ、とアルに言ってから建物の壁に貼り付いて兄妹を見ていた野良猫をエドは掴み上げた。
「ほら…三分だけだからな!心おきなく撫でろ!」
「にゃー!にゃー!」
エドワードに与えられた野良猫をアルは狂喜しながら猫の両前足の下を鷲掴み、そのまま左右に振ったり頬ずりしたり、そして見ているエドワードの方が青くなる程に猫をきつく抱きしめたりしていたが、やがて野良猫の方が辛抱堪らなくなったのかアルの手の甲を引っ掻き、手の力が弛んだ隙に逃げ出してしまった。
「あー…逃げちまった…乱暴に扱うからだ」
「にゃー……」
逃げる猫の姿と、自分の手の傷を見比べてしばらく呆然としていたアルだったが。
「うっ…うえええええええーっ!」
やがて火が着いたように泣き始めてしまった。
その声の大きさたるや、周囲を歩いていた人間が驚いて集まり出す程で、エドワードは大慌てでアルを抱きかかえるようにして、その場から立ち去らなくてはならなかった。
泣き続けるアルを宥めながら兄妹はようやく「ものまねどり亭」に辿り着く。すると、窓越しに客らしい人影がエドワードの目に映ったのだった。
「ちわーっす。お客さん来てるの…」
エドワードが挨拶をしながら店の中に入ってみればそこには痩せた背の高い男がおり、エドワードを見るといきなり敬礼をしてまたもやロブとフィオナがそれを驚愕の表情で見ていた。
「お久しぶりです、依頼の資料と…良い知らせを持って来ましたよ」
「ファルマン准尉!良い知らせって…もしかして…!」
マスタングの部下であるファルマンが小脇に資料が入っているとおぼしき封筒を抱え、そう言うのをエドワードは破顔で出迎えた。
「ええ。逃亡していた男が逮捕されましてね、今はダブリスの留置場にぶち込まれていますよ」
ダブリス、という地名を聞いて僅かに表情が強ばったエドワードだったが、とりも直さずファルマンから資料を受け取り、中身を確認し始めた。
資料には男の経歴などが詳しく記されていたが、男の犯罪歴に差し掛かると途端に表情を変え、その部分をファルマンに見せながら尋ねた。
「よぉ、なんで前科なしなんだよ?あいつあちこちで女を騙してるってな事を自分から言ってるんだぜ?」
エドワードの問いにファルマンは肩を竦めながらそれに答える。
「ああ、それなんですが…起訴はされているんですけど、騙されたっていう女性全て、男は悪くないと言って裁判が成り立たないんですよ。裁判の訴えも騙された本人ではなく親であったり、友人が立てたもので、それがなければ資料にすら残らないところでした」
「要するに…みんなあいつの催眠術に掛かりっぱなしって訳なのか…」
ぎりぎりと奥歯を噛み締めながら、エドワードは自分の横でフィオナに飲み物を貰って上機嫌なアルを見た。
「…ファルマン准尉…その留置場に連れて行ってくれないか…面会して、全て吐かせる!」
術が自然に解ける期待も打ち砕かれ、エドワードは自らのその男から術を解く方法を聞き出す決意を固めた。幸いな事に、当の男はもうどこにも逃げだせない。
「アル…絶対元に戻してやるからな…おっと、その前に…」
緊張感漲る雰囲気の中、エドワードはファルマンをテーブルに着かせるとこう言った。
「ロブ、この店で一番高い料理を出してやって!請求書はセントラルのマスタング准将宛に送れば金くれるから!…なぁ、協力してくれるだろ?この店、客が少なくて難儀してるんだよ、優しいファルマン准尉!」
上官に自らの飲食代を出させられるはずもなく、ファルマンは元から青白い顔を更に青くしながら料理を味わう羽目となったのだった。
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留置場の面会室の網越しに見た男は始終にやにやと嫌な笑いを浮かべながら、エドワードを見ていた。
先刻からエドがどんなに脅しても、男は同じ笑みを浮かべながらただ座っているだけで、一言も喋ろうとはしない。
そんな男の態度にエドはとうとう面会室の机に自らの額を擦り付けるようにして懇願した。
「頼むよ!元に戻せるなら金だってなんだってお前の望み通りにしてやるから…どうしたら…元に戻せるのか…教えてくれよ!」
すると、ようやく男は口を開き、卑下た笑みを浮かべながらこう提案した。
「何でもすると言うのなら…ここから出してもらって、それからあの女を私の好きなようにさせて貰おうか」
男の言葉に、エドワードの表情は凍り付いた。しばらくしてようやく返事をする。
「そ…それだけは…出来ねえ…」
「何故だね?君たちはきょうだいだというのにそういう事をしていたんだろう?そんな破廉恥な女なら他人の私にどうされても大した事もなかろう?」
最愛の恋人を破廉恥呼ばわりされて頭に血の昇ったエドワードは男と彼を隔てている網ガラスの下にわずかに開いている、差し入れ用の小窓から腕を突っ込むと男の手首を鷲掴んだ。
その様子を見ていたファルマンと留置場の看守が慌ててエドワードを押さえ込み、男の手からエドワードを引き離させた。
「私はね、君のように小奇麗で金にも地位にも恵まれた男が何よりも嫌いなんだよ…君たちは卑怯だと言うが、催眠術を使って女たちを服従させて何が悪い?この、容姿にも恵まれず、家柄も悪く無一文の私が血を吐く思いで会得した技術で生き延びて何が悪いと言うのかね!私は悪くないよ!大体、女達は私に術を掛けてもらって皆幸福だよ?その証拠に誰一人、私を訴えたりなぞしておらんじゃないか!君の妹も悩みから解放されて幸福なのだ!私は悪くなどないのだよ!」
規定の面会時間が過ぎたという事で、エドワードとファルマンは男から引き離された。
そして独房へと戻る間際男はまたあのいやらしい笑みを浮かべながらエドワードに言ったのだった。
「少年よ!再び移動遊園地があの街にやって来るまで、あの子はそのままだろうな!いいざまだよ、全く!」
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「あー、お帰り!」
ファルマンと別れ、ロブの店に戻ったエドワードはフィオナとアルの笑顔に出迎えられる。フィオナは立ち上がりこちらに歩み寄って来るが、アルは椅子に腰掛けたまま、ニコニコと笑いエドワードを見ていた。
「エド、ちょっと…さ、アル、言ってごらん!」
大柄なフィオナがエドワードの腕を掴み、笑いながらアルの座っている位置まで身体を引き寄せる。そしてアルはフィオナの声に立ち上がると、とことことエドワードの前まで数歩歩み寄るとこう言った。
「エド…にいさん…」
数日振りにその言葉を耳にしてエドワードは呆然としながらフィオナの顔とアルを交互に見ていた。
「アルに教えたのよ。すぐ覚えたわ。…エド、この子は…元のアルとはちょっと違うのかも知れないけど、あんたの妹に違いないんでしょう?そんな顔をしているとアルも悲しむわ…もっとしゃんとしなさい!」
フィオナの言葉にエドワードは喉の奥から込み上げる嗚咽を堪えて俯く。自分が望んでそうなり、自分のせいでこんな状態にしてしまったが、それでもアルに取ってたった一人残された家族なのだ。いつまでも自己嫌悪に陥っている暇などないのだ。
「そうだよな…ありがとう…」
エドワードはそう言うとアルの手を取り店を後にした。そして宿に戻るとアルをベッドに腰掛けさせて自分はバスルームへと向かった。
朝から一日中アルの為に東奔西走して、さしものエドワードも疲れ果てていた。服を脱ぎ捨てて頭から冷たい水をまずかぶる。
(俺のせいなのに…俺があんな事を言わなきゃ…)
レイプの恐怖に接触恐怖症の呈を擁していたアルに向かって「セックスなんて面倒なことをしなくて済むならそれでいい」と無神経に言い放った自分を今更ながら呪った。
その言葉に気持ちの揺らいだアルは妖しげな催眠術師の手に掛かり、別の人格を発現させられ、アルの意識はその心の奥深くしまい込まれてしまったのだ。
自分を罰する事が出来たのならどれ程楽になれるだろうとエドワードはうつうつと考え込んだ。幸いにもフィオナだけは彼を叱り飛ばし、そして励まもしてくれた。
だが他には自分の愚かさ加減を罵倒してくれる人間はいない。当のアルでさえ自分を見ればうれしそうに駆け寄って縋り付いて来るのだ。
(お前を…そんな風にしたのは、俺なのに!)
冷たい水を浴び過ぎて、自分の身体ががたがたと震え始めたのにエドワードは気がついて、慌ててシャワーの栓を湯に切り換えた。
頭の中に渦巻く暗い思いを洗い流してしまおうかと言うように手荒く身体を洗うと、寝室のアルの元に向かったのだった。
「エド…エド…」
アルは相変わらず嬉しそうにエドの名を呼んだ。
「こら、『兄さん』だろ?」
エドがショートカットの金髪をくしゃりとかき混ぜて顔を近付けると、アルは満面の笑みをたたえてエドの首筋に縋ってエドワードの言葉を繰り返した。
「にいさん…」
「うん、よく言えた…さあ、お前も身体を洗おう」
そして、アルをバスルームへと連れていった。
アルは別の人格が現れてからというもの、まるで赤ん坊のようにそれまで出来ていた事が全く出来なくなっていた。
それでも教えれば数度でたいがいの事は覚えたので、食事もトイレももう不自由はしなかった。
入浴も何度か教えてやれば一人で入る事ができるようになるだろうと、エドワードはアルの服を脱がせながら考える。そしてすっかり裸にされたアルをバスタブの中に座らせて身体に湯を掛けてやった。
きゃあきゃあと嬉しそうにアルは笑い、エドが泡立てた石鹸の泡を手に取っては嬉しそうにそれを弄んでいた。
「おい!大人しくしててくれよ!」
エドワードがアルの身体を洗っているにも関わらず、アルの方はそれを遊びだと勘違いしたかのように滑らかな泡にまみれたエドワードの手を捕まえようと左右に身体を捻り、はしゃいでいる。その姿にエドワードは遠い昔を懐かしんだ。
(ガキの頃、よく二人して洗いっこしたっけ…俺がアルの髪を洗ってやると、いつも泡が目にはいってあいつが泣き出して…)
エドワードはその頃と同じように髪を洗った。動かないようにとアルに念を押して言うと、今度はアルもその言葉に従い、じっと俯いて目を瞑っている。
白く豊かな泡がアルの髪を覆い、そしてそれを洗い流して今度はトリートメントを施してやる。その間に身体についている泡を洗い流した。
「おっと、ここもちゃんときれいにしなきゃな」
ふと、下半身の密やかなその場所を洗い忘れている事に気がついて、エドワードはその場所に手を伸ばした。
普段のアルならば、エドワードがそうした瞬間怒って自分でするから!と言うに違いなかったが、今や別の人格の現れているアルは抗う事も忘れてエドワードの手の動きを不思議そうに眺めていた。
くちゅり、と亀裂を撫でる指先が僅かなぬめりを感じて止まった。
(…違うよな…感じてる訳じゃない、もともとそういう部分だから…)
何度もエドワードの欲望を受け入れたその部分は今でもそれを待っているかのように赤く色付いてエドワードの目線を釘付けにさせた。必死でその部分から目を逸らし、頭を大きく振って否定する。
(ダメだ…!今のアルはそうされたがってるアルじゃない!まるっきり子供の…なにも知らない…ああ、そうだ…もしかして、俺達はまた兄弟の関係に戻れるかも知れないんだ…)
不意に浮かんだ考えにエドワードの心は動揺する。
今の何も知らない赤ん坊のようなこの人格ならば慎重に教え込めばエドワードに恋愛感情を抱く事なく「妹」として成長するかもしれないと、エドワードは想像した。
(そうだ…やっぱり今までの事はあってはならない事だったんだ…誰かが元に戻る機会を俺達に与えているんだ…)
アルの髪のトリートメントも洗い流して、すっかり綺麗に洗い上がった身体をバスタオルで包むようにしてエドワードは拭いてやると、そのまま横抱きにしてアルを寝室へと運んだ。
僅かな手持ちの荷物の中からアルの下着を見つけだして身につけさせようとしたが、アルは入浴する前のようにエドワードの首に縋りその名前を繰り返し呼び始め、エドワードにそうさせない。
「エド!エド!」
「おい、離せったら…アル…」
そんなアルの無邪気なその姿にエドワードはまた抑えていた感情が噴き出しそうになった。
愛していると囁き身体を重ねたのはいつの事だったか。きょうだいの関係に戻りたいなどというのはエドワードにとっては偽りの思考に過ぎない。しかし。
「…アル…ごめ…ん…な…離してくれ…。なあ、愛してるよ…嘘じゃない…でも、やっぱり…許されないみたいだ…おれたち…昔みたいに…きょうだいに…もどろう…」
溢れそうになる涙を見られないように、エドワードはアルを抱き締めると、自分にも言い聞かせるように繰り返し言った。
「お前は俺の、世界中で一番大切な家族なんだ…これからお前は俺の妹で…お前はその内どっかいい男を捕まえて、俺に見せに来る…それから…それから…」
幸せになって、自分の元を去ればいい。
「…エド…?」
言葉の詰まったエドワードを案じるかのように、アルはエドワードから身体を離すと、兄の顔に柔らかな手のひらを添えて彼の瞳を見つめた。アルの湯上がりに赤く染まった頬はいつの間にか冷めて白く変わり、心配そうな表情が浮かんでいる。そして微かに動いた唇からは、かつて幾度となく紡ぎ出された言葉が再び洩れだしていた。
「…兄さん…」
「あ…ああ!ダメだ…!俺は…なんで…オレは…!俺は…お前が…欲しい…何…なに言ってンだ、俺…!」
エドワードの、大きく見開かれた瞳からはとうとう涙が溢れ、熱に冒された時のようにがたがたと身体が震え出す。そんな彼をなだめるかのような仕種でアルはまたエドの身体を抱き締めた。
「にいさん…ほしい…」
「っ…アル!」
アルの発した言葉は、恐らくはただ単にエドワードの言葉を真似たものでしかなかったが、その言葉にエドにはもう自分を抑える事が出来なかった。
エドワードは小さく開かれたアルの唇に自分のそれを重ねる。アルの息が続かなくなって彼女が苦しげに顔を背けるまで何度も貪るように口付けると、それから震える声でアルに言った。
「アル…これで…最後にするから…」
そう言い、そっとアルの身体をベッドに横たえた。
「…にいちゃんと、ひとつになるんだ…」
その言葉の意味が分からず、アルは不思議そうにエドワードを見上げた。
そんな彼女の額にキスをひとつ落としてから、エドワードはつんと上向きの形の良い胸の膨らみに触れる。
アルの胸はベッドに横たわっても左右に流れる事なくその細い身体の上にこんもりと見事な半円形を保っていた。
エドワードはその頂上の先端に舌先で触れると、アルはその感触に急に不安を感じたのか、表情を歪めた。
「ふぁっ…」
「…大丈夫だよ。すぐに気持ちよくなる…お前、こうされるの好きだったろ…?」
「やあ…あっ…え…えどぉ…あ…ああ…」
アルは目に涙を浮かべながらエドワードの身体にしがみついたが、エドワードはその表情を見て、それまで触れていたアルの胸からすうっと指先を引いた。
「ダメだ…何も分かってないお前に…しちゃダメだ…お前の口からきちんと言って貰って、お前の身体もいいって言わない限りは…。だから…もう…お前とは…こういうこと…出来ない……」
その言葉をアルへというよりも、自分自身への戒めのようにエドワードは呟いた。
晒されていたアルの白い肌にシャツを着せてやり、そのまま上掛けを掛けてから、およそエドワードは自分に似つかわしくない微笑みをアルに見せた。
「さ、もう寝ろ…明日も猫、見に行こうな?」
エドワードがそうアルに言ってやると、アルは安心したように目を閉じて、やがて静かな寝息を立て始めた。
エドワードはアルの寝顔を眺めていたが、ややしてベッドの脇に膝を抱くようにしゃがみ込むと声を押し殺して静かに泣いたのだった。
いきなりにゃんこ登場…ち、違うわい!
実は、このお話、このパートの終わりの部分(今、画面の上の方にある部分↑だね)から、書き始めてました。この部分だけ、ずっと前に書き上がっていました。この部分が書きたくて、このお話を書いていたようなものだったりして。
ちなみに、エドの妄想の中では、人生?やり直して萌え妹となったアルが連れて来た彼氏はマスタングのような男。悶絶しつつ悩んで悩んで…そしてやっぱり諦め切れず、となる訳で…。
さて、いよいよ次あたりラストです。お楽しみに〜。