朝食後、 山手線沿線のデパートまで、ハルの服を買いに行った。

アパートを出てデパートに着くまでの間、ハルは俺のぶかぶかのTシャツとハーフパンツを着て移動した。
すれ違う通行人の中には不審に思う者もいたかも知れないが、ここは他人の格好までいちいち気にしない無関心の街、東京だ。
昨夜の大雨で洗濯物が乾かず着る物がなくなって、兄か父親の服を借りて着ている・・・ぐらいの理屈で自分を納得させて終わることだろう。
ただハーフパンツの中はノーパンだから、こうやって歩いていると、今までレオタードできゅっと締められていた性器が、広大な空間の中でぷるんぷるんと踊っていることになる。
駅の階段は注意しないと見えてしまう可能性があるため、少々面倒でもエレベーターを使用した。


夏商戦真っ盛りのデパートの壁一面には水着姿のアイドル、梶川なつきのプリントされた垂れ幕が掲げられていた。
現役高校生で、なかなかそそる谷間とビキニライン。
男なら周囲の目を気にしつつも魅入ってしまう絵だ。
そういえば半年前に弟さんが亡くなったんだっけ。
自殺だったかな?事故死だったかな?


俺はハルに、服を数着とシャツ、ズボン数本、下着、靴を買ってやった。
ハルの選ぶ服は大人っぽく、明るい優等生っぽいが、白と黒のモノトーンを基調とし、全体的にセンスが良い。
良質の服には相応のプライスタグがついており、生活用品も含めると総計で10万円程度になってしまった。

足りないぶんは俺持ちだ。
自動車教習所に通おうと貯めていた貯金からの切り崩しである。
車に乗れないと準禁治産者扱いを受ける地方と違い、公共交通が発達した東京に住んでいると自家用車の必要性を感じない。
だから就職までに免許を取ればいいと思い、教習所も行かないままになっていたのだ。


ハルをトイレで着替えさせると、どこから見ても小学生にしか見えなかった。
長めの黒髪をセットし直せば、なかなかのイケメンに見えるだろう。
買い物に来ている女学生が、美しいハルの姿を横目でチラチラと見ていく。



買い物が終わる頃にはお昼過ぎになっていた。
家族連れでにぎわうレストランで昼食をとった。

俺は食後のコーヒーを飲みながら、正面に座っているハルに話しかけた。


「ところで俺さ、おまえに小学校へ行けって言ったけど、よく考えたら、戸籍がないのにどうやって小学校へ通わせられるんだろうな?」


ハルは食後のオレンジジュースを飲んでいる。
特に小学生を繕っているわけではあるまいが、こういうところだけ妙にお子様だ。

「お隣の大陸じゃ、子供一人制限にもかかわらず子供を産んでしまって、戸籍のない子供があふれているらしいじゃないですか」

「いや・・・大雑把な中国とは違うから。いくら同じ黄色人種とはいえ」


ハルは旨そうにオレンジジュースをすすりながら、少し考えて答えた。

「えーっとたしか、この国のエンペラーも戸籍はお持ちじゃなかったですよね?」

「よく知ってるなあー」

「いちおう下調べはしてありますから」

「・・・っていうかさりげなくやばい方向に話題を振るな。やんごとなきお方と庶民とは一緒にはならないよ」

「そういえば今朝のニュースで、高校生が海外へ修学旅行に行くためパスポートを取得しようとしたら、戸籍がないことが判明して待ったがかかったと言ってました。
お役人が怠慢がちなのは全宇宙共通ですが、うまくそのへんの抜け穴を突けば何とかなるんじゃないですか」


そこまで言うと、ハルはトイレに席を立った。
どうやら小圷アナの顔ばかり見ていたわけではなかったようだが、記憶力は大したもののようだ。


ほとんどハルと入れ違いに、背後から聞いたことのある女性の声がした。

「あら、こんなところで会うなんて」

振り返ると、さいきん大学に赴任してきたばかりの、英語の女講師が立っていた。

鈴村先生という。年齢はおそらく30代前半、長い茶髪で、そのプロポーションはまだ独身だ。
以前駐車場で見た鈴村先生は、ほっそりした面持ちにサングラス、口紅の赤が映え、シルバーのRX-8に乗り込んでいくアクティブなオトナの美女だった。

「広瀬君、きょうは一人でお食事かしら?」

「親戚の子といっしょなんです」

「遊ぶのもいいけど・・・テスト勉強もしなきゃだめですよ。
前にも言ったけど、私は出席率も成績に考慮はするけど、全出席でもテストで0点だったら単位あげられないもの。
来年は就職活動も始まるし・・・語学が再履修になると大変でしょう」

「はい・・・落とさないよう頑張ります」

「いい返事よ。じゃあ、私はこれで。お先。グッバイ」

鈴村先生は巨乳を揺らしながら会計のほうへ歩いて行った。


楽しい遠足気分に水を差されてしまった。
英語は苦手ではなく、大学の必修語学で単位を取る程度は問題ないけど、他の科目のテストもあるから、早いとこ帰ってテスト準備をしよう。


まだいろいろ見て回りたそうだったハルを連れて帰宅すると、クーラーのきいた部屋で、俺は試験勉強にとりかかった。
とは言っても、テストは一夜漬けというのが常で、ここで行うのは試験に出そうな要点を整理する作業だ。
あと来週提出のレポートが3本残ってるから、今日明日で仕上げよう。


俺はハルにレポートを手伝ってもらいながら、試験「勉強」をこなしていった。
夕食も食べずに熱中して、最後のレポートを書き終わったときは午後11時を超えていた。


しかし、これで明日はゆっくり過ごすことができる。

遅い夕食はアパートから数軒先のコンビニの弁当だ。

「ハル、本当に助かった。ありがとう!」

缶ビールで乾杯した。
見かけは小学生でも、成人なんだから問題はあるまい。
だが、ハルはビールより、カシスオレンジやカルピスサワーのほうがお好みらしい。やはり子供だ。





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