<ハルのメール>
Dear 親愛なるエミリア
お元気ですか?
僕が地球に来て2週間が経ちました。
今のところ、なんとか無事にやっています。
広瀬さんという親切な地球人に協力してもらいながら過ごしています。
日本国の気象庁は梅雨明けを発表し、本格的な夏がやってきました。
「仕事」のほうは、地球に来た最初の夜に<ブラッド・オクトパス>と交戦して以来、目標の足取りは分からないままです。
テレビニュースを見る限りでは、特に近所の人間が失踪するような事件は起きていなさそうだし、
この暑さだから、触手もどこか涼しい地中で眠っているのではないかな?と思っています。
気温が30度を超えるような日は下手に地表に出ると、常に体の表面を湿らせておかなければならない触手は乾いて、
灼けるアスファルトの上を這い回ったミミズのように干からびてしまうからです。
おそらく涼しい土管の中でネズミでも食って凌いでいるのでしょうが、そんな食糧では繁殖に十分な栄養は得られません。
君も襲われたあのいまいましい怪物は、宇宙を二分して戦われた第3次銀河大戦終結後、ある敗戦星の生物学者が、
実戦投入には間に合わなかった未完成の生物兵器を、知能に問題があると認識しながら放った物です。
生物学者は逃亡して今や生きていないと思われ、研究施設も爆破されたため、生態には謎が多いままです。
増殖を始めて人間を襲い始めたため、戦勝星が中心になり設立された宇宙連邦政府が、退治に乗り出すことになったわけです。
で、奴らを退治するのが僕たち宇宙戦士の使命なわけですが・・・、
あの日君が蛸に襲われなければ、君と出会えなかったのかも知れない・・・と思うと複雑です。
まさか蛸が僕らのキューピットに・・・ああ、もうやめておきましょう!
地球の任務が片付いたら、しばらく休暇を取って君に会いに行きます。
エミリアに神のご加護がありますように。
ハル
追伸 地球は自然が美しく、食べ物もおいしい星です。一度エミリアも来ればきっと気に入ると思いますよ。
ハルは地球に来て数日間は、ぼけっと怠そうにしていた。
どうやら地球の一日の時間感覚に慣れるのに苦労していたようだ。
それでもしばらくは近所を探索して回ったり、怪物の居場所を探りに行ったりしていた。
が、何の手がかりも見つからないのと、暑さに耐えかねて再び部屋にいることが多くなった。
「今日は何を打ってるの?」
近頃は、ハルは時間を見つけては俺のノートパソコンに向かって、長ったらしい文章を書き連ねている。
「副収入を得る道を思いついたの」
「収入?株でも始めたのか?」
「ブログのバナー広告。食費や生活費のことであんまり迷惑かけてもいられないしね。服の代金も返さなきゃならないし・・・」
たとえばインデックスの書き出しは、こんな具合だ。
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諸君はIT社会のこんにち、地球上で起こっているありとあらゆる情報が得られるようになったと思い込んでいる。
だが考えてもみ給え。有史以来、諸君にとってのリアルは所詮、触れられる情報の中でできうる憶測の範囲でしかないのだ。
大昔、諸君の祖先が世界は平らで、海が地平線の先で滝のように流れていると思い込んでいたかのように。
多くの情報はマスメディアによってもたらされるが、報道されないものは存在しないも同然である。
しかも情報はしばしば恣意的にねじ曲げられ・・・それは送り手に問題のある場合と、受け手の先入観に問題がある場合がある・・・、
馬鹿げた英雄や偽善的な美談が歴史的事件のように誇張されることもあれば、
利権が絡んで意図的に隠蔽される事実も少なくはない。
例えば今、中国の経済発展が目覚ましく、マーケットに目がくらんで華々しく工場を海外移転した自動車会社のニュースは目にするだろう。
その自動車会社がマスメディアに広告を掲載するわけだ。
一方で、諸君は経済発展の裏で、かつて工業国化するにあたって日本人が冒したのと同じ過ちを、今度は中国が冒していることを知っているだろうか?
第二・第三のミナマタ病で苦しむ貧しい人々の光景を、君たちはテレビで見たことがあるだろうか?
芸人のバカ騒ぎを見ない日はなくても、だ。
内陸部で行われている少数民族の弾圧は、民主主義の敵ではないのか?
飽食と拝金主義で自殺者まで出る平和な国の地球の裏側では、内乱で毎日多くの罪無き市民が死んでいる。
街頭で余った小銭を募金することで彼らを救った気になっているのが地球市民なのか?
・・・(中略)
諸君の住んでいる情報化(情報過多)社会とは所詮、諸君のバーチャルが作りだしたものにすぎないのだ。
諸君は、自分をマリオネットのように操る情報操作の糸を断ち切り、真実の扉を開きたくはないか?
我々は宇宙から地球を見つめているから全てを知っている。
諸君が真の社会正義を実践するための手助けとして、知恵を授けようと思う・・・。
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ハルのブログは最初はほぼ毎日更新され、日本語と英語で記述される。
時事問題に限らず、宇宙連邦政府のネットワークから仕入れた地球に関するデータ、宇宙科学ネタ・・・など、トピックは広範にわたる。
確かに地球では知られていない分野の知識を公開すれば、常に刺激を求めるネット住人が飛びつく。
ほんのりアングラテイストなアジテーションを加味することで、勢いは倍増する。
サイト名もそのものずばり、「宇宙人からの手紙」だ。
まさか本物の宇宙人が書いているとは思うまい。いい目くらましである。
URLは巨大掲示板のあちこちに転載され、真偽はともかく読み物として面白く、たちまち人気ブログになっていた。
狂信的に、ハルの一字一句を預言者の言葉として崇める連中も出始め、早くもヤバい波紋を作っていた。
「ハル、たまには休憩しろよ」
「うん。もう2ヶ月ぶんぐらい書き溜めたから当分大丈夫。いま10万アクセスぐらい行ってるよ」
ハルはノートパソコンを閉じると、傍らに置いた雑誌を読み始めた。
「ふーん、性交とはこういうふうにするものだったのか」
それはハルが来た晩から部屋の天袋に隠しておいたエロ写真雑誌だった。
「あーーーっ、それは俺の宝物!目ざとく見つけるとは。・・・ハルもそういうの、好きなのか?」
「べっ・・・べつに?僕らは子供を作るときは試験管で受精させられるわけだから・・・その・・・珍しくて」
言い繕う顔も少し赤くなっている。
ズボンのしわの中にほんのり、膨らみが浮き出ている気がする。
これが、たとえ知識では忘れても肉体が覚えている本能というものか。
「ハルもヤってみるか?気持ちいいぞぉ〜」
どさくさにハルの股間をパンパンと叩いてみた。
「やっ・・・あん!」
かわいらしい高い声が漏れた。
このテントの感触。やはり勃起していた。
そういえばハルがオナニーしているのを見たことはないし、していた様子もない。
アスト星には自慰という文化はないのだろうか?
「ぼっ・・・僕はシャワーを浴びてくる!」
「なんだ、朝入ったばかりじゃないか」
「日本の暑さは異常だよー」
ハルはユニットバスに入っていった。
どうやらアスト星人は地球人以上に、暑さに弱いらしい。
エアコンはかけてあるが、天井をじりじり突きぬける太陽の熱気を感じ、汗びっしょりになるらしい。
ただ、俺的にはハルの体臭は嫌いではない。
男の子っぽいのだが刺激はなく、清涼で透明な、いい匂いがする。
それはハルが風呂好きで、しょっちゅう清潔な服に着替えているからだけではないだろう。これも遺伝子操作の賜物だろうか?
俺は、冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出した。
今朝より減っている。ハルの奴、また飲んだな?
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