夏休み。
バイトとたまに友達と飲みに行く以外、何もすることがない俺は、
朝からクーラーのきいた部屋にひきこもり、パソコンでゲームしたり、画像を漁ったりしている。

隣で同居人のハルが、先日デパートで買ったTシャツにハーフパンツという涼しい格好で菓子を食いながら、
日本語の国語辞典を興味深げに眺めていた。
体育座りするように膝を折って座っており、ひらひらしたハーフパンツの中へ伸びるのは、
股の付け根に近い尻のあたりまで丸見えな、美少年のほっそりむっちりした美脚。
きっと挟まれたら気持ちいいんだろうな・・・。


「何じろじろ見てるのさ」

上目遣いに、意地悪く俺を見るハル。
おっといけない。相手は男の子だぞ。しかも異星人だ。

「いや、国語辞典を楽しそうに読む人なんて珍しいと思ったから、不思議でね。」

地球の主な言語の文字はカチューシャの翻訳機能を通して意味が分かるらしいから、国語辞典などなくても困るまいに。

「翻訳機能も万全ではありませんからね。ボキャブラリーを増やすことによって、
 より微妙な言葉のニュアンスの違いを感じ分けられるようになりますから。
 例えば同じ日本語の『アオイ』でも、海のアオ、空のアオ、草木のアオ・・・違うでしょう。
 自分の言いたいのが何々ブルーなのかが分かるようになるんです」

「鈴村先生の語学の授業みたいだ。さすが先生の子供」

「国語辞典を読むという発想はミシマ・ユキオに倣ったものですが」


「いや、俺も鈴村先生に教わったんだ。

例えばイヌイットには『雪』を識別する言葉が何十もあって、より雪に関する繊細な感覚や認識を持っています。
語彙を広げることは、より物事を見るときのカテゴリが広がり、自分の生きる世界を深めることにも繋がるのです。
言葉を学ぶとは、そういうことです。単なる意志疎通のツールとは思わないでほしいのです。

・・・ってね」


「ふーん、僕を叱る時『お前は私の子じゃない』しか言わない鬼ババアが、そんなことをね」

「いや、紛れもなく親子だ。俺が保証する」

「あ!そういえばミシマも同性愛癖が・・・」

「それはもういいって!」

ハルはボンと辞書を閉じると、「さてと」と顔を上げた。

「広瀬さん、僕らの任務は滞在している惑星における現地生物の調査も兼ねています。
 もしお暇なら案内役に付き合っていただけませんか?」

午前9時。外からは蝉の鳴き声が聞こえ始めていた。

「とか言って、遊びに行きたいんだろう? お前の考えてることぐらいはわかる」

「うっ・・・」

「怪物を見張らなきゃならないんだろう?遊んでていいのか?」

「広瀬さんまで銀河大戦の戦中派みたいな精神論を言う。やるときはきちっと仕事して、気を抜くときは抜く。
仕事も大事だが自分の時間も大切にする。それが今時のデキる男の働き方ですよ」

「まあ、その考え方には共感するけどね」

正直なところ、このクソ暑い中出かけるのは面倒くさい。
ただハルも近頃は地球生活に擦れて、食い物や甘い物で機嫌を取る方法も通用しなくなってきた。
すねたハルをいじるのも可愛いのだが、あんまり欲求不満を溜め込ませると日本が滅ぼされかねない。

「わかったよ。付き合ってやるから支度しろ。朝飯を食って、遠いところへ行こう」

俺の一言に、ぱーっと華やぐハルの顔。

「わあーっ、ありがとうございます!今回のミッションが終わったら、お礼に太陽系をご案内しましょう」

「そ・・・そう?」

実現すれば地球人初の快挙だが、嬉しいような怖いような・・・




駅前のファミレスで食事しているとき、店のテレビに日本某所で行われた、首脳会議の模様が流れていた。
そのニュースの中、俺はなぜか違和感を感じた。
各国首脳が会場のホテルに到着する映像の中に、髪の長いセーラー服の白人少女が、一瞬だけ映り込んだのに気付いたのだ。
どこかの大統領の親族だろうか?地元の小中学生の出迎えの中に、外人さんがいたのだろうか?
俺にはどうでもいいことだったが、ハルの表情が一瞬だけピクリと反応したのが分かった。
こういう子が好みなのだろうか?

食事の後、私鉄に乗り、埼玉県の某遊園地に遊びに行った。

出発前、

「海か遊園地か?」

と選ばせたとき、「遊園地」 とのリクエストが返ってきた。
俺的には「海」 という答えを期待していたのだが。
遊園地は海より金がかかりそうだし、海のほうがまだ、水着ギャルを楽しめる可能性があるじゃないか。

「何で好き好んで、あんなコンクリートに覆われた暑い人ごみの中へ行かなければならないんだ?」

「より地球の娯楽産業について触れられるほうが、いろいろ研究課題として好都合ですから」

ものは言いようだが、
ということは俺の私生活も逐一、宇宙連邦政府に報告として上げられているのだろうか?
「地球上先進国における独身男性の、日常の過ごし方に関する報告」とかいういかめしい表題とともに。

それはともかくとして、ハルの要望なのだから仕方ない。
鉄道も遊園地も、ハルは子ども料金で問題なかったし、まあいいか。

遊園地へ向かう電車の中、つり革を背伸びして握りながら、

「さっきのイヌイットの話。宇宙第一共通語にも、『宇宙』の状態を識別する言葉が何十もあるんですよ」

などと語り始めたので、

「怪しまれるからもっとお子さんらしくしろ」

とたしなめてやった。
すると今度は役作りを思いきり子供に変えてきた。
俺の弟という設定らしい。

「おにいちゃん〜、次はあっち、見ようよ〜」

八重歯を見せて笑ってるウキウキのハル。
腰をふりふりしながら俺の腕にぶら下がって歩くこの異星人は、見事に弟になりきっていた。
顔は似ていないから、たぶん周囲から見れば年の離れた親戚といったところだろう。
うっかり、俺までそんな気にさせられる・・・いけない、いけない。
相手は軍人だ。これは俺を懐柔して、有利な条件を引き出す作戦に違いないのだ。
しかしハルの可愛さに負けて、俺は弟に手を引かれるまま遊園地のアトラクションを回った。

中でもジェットコースターがお気に入りだ。
どうやらアスト星には、絶叫マシンというものがないらしい。

「滞空する駆逐艦から引力圏へ落下する訓練をやらされたのを思い出すなあ」

地面からの照り返しもきつい炎天下、着ぐるみの怪獣から飴玉をゲットして上機嫌のハル。

「へーえ、ここは流水プールやウォータースライダーもあるのか。こんどは水着を持ってこないと」

また来る気満々のハル。

あの鈴村先生のことだ。
きっと子供の頃から、あまり遊びに連れて行ってもらった経験がないのだろう。
そう考えると不憫に思えなくもない。

ま・・・たまにはいいか。


昼食を食べてから野外ステージの前を通りがかると、人だかりができていた。
看板を見て疲れが吹き飛んだ。

『梶川なつき トークショー』

今、人気絶好調の美少女アイドル、梶川なつき。
一度は生で見たいと思っていたが、偶然にもこんなところでお目にかかれるとは・・・・!!!

「おいハル! けさ「遊園地」を選んでくれてありがとう!俺は今まで今日ほど感謝したことはない。 
 お前の直感は天才的だ。宇宙人の6感かな?」

俺はハルの手を引っ張って、人混みの中へ突っ込んでいった。

「あぁ〜っ、もう!人混みが嫌いなのはどこの誰だっけ!?」




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