数千人を収容できる野外ステージの観客席は、立ち見の出る超満員だった。
俺たちは座れたが、ステージ上の人の顔が辛うじて分かるほど後ろだった。

炎天下で待つこと小一時間。
暑さに弱いハルは500mlペットボトル2本を空け、グロッキーになっている。

「日焼けする〜〜」

ほとんど火傷状態で真っ赤な俺の腕ほどではないが、ハルのきれいな肌もほんのり赤くなっている。

「今夜のお風呂はヒリヒリするぞー」

「おどかしちゃ嫌だよー」



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ハルをいじって愉しんでいるうちに時間は過ぎ、大歓声とともに梶川なつきが姿を現した。


形いい胸。きわどいへそ出しの夏衣装に、ミニスカートからすらっと伸びる美しいフトモモがセクシーだ。

「みんな今日は暑い中来てくれてありがとうーーーー!!」

音の半分割れたPAを通して、なつきの声が響き渡ると、

「なっちー」
「なつきちゃーん」

という黄色い歓声が上がった。
歓声はいつしか奇声へ。最初はそれぞれの愛称を叫んでいたファンたちも、

「なつきさーん! なつきなつきなつき! アーッ!! ああーっ!!」
「なっちゃーん! ほ、ほーっ、ホアアーッ!! ホアーッ!!」

と本能の趣くままに声を上げ始める。
あちこちから湧き起こる歓声・奇声に、平等に応え大きく手を振るなつき。
ステージ左右の大画面スクリーンにも、なつきの顔のアップが映し出された。

梶川なつきは最近、頭にカチューシャをつけているが、アップで見たのは初めてだ。
横でハルが言った。

「僕のとよく似たデザインだね。偶然だけど」




トークショーは時々、歌を織り交ぜながら進んでいった。

「今日のは口パクじゃないね。地声だ」

とハル。

声量、歌唱力に問題のあるアイドルのライブでは、予めCDとは違った調子で録音しておいたのをPAで流し、
舞台上で歌っているように見せかけて口パクをすることも珍しくはない。
CDにレコーディングする際はマシンの力で、ピッチを補正したり声色に調整を加えることができるが、
ライブでは操作が効かないから、赤裸々にさらけ出されてしまうのだ。

一流歌手と比較すると上手くはないが、汗水を垂らしながらも笑顔でドラマの主題歌を熱唱するなつき。
最愛の弟の死という悲劇を乗り越えながら、なおも明るく気高く振る舞う美少女。
生徒会長的な芯の強さと、心の奥底に秘めた「蔭」が、他のアイドルにはない独特の持ち味だ。
「こんな子に引きずられたい」と「守ってあげたい」の二面性の融合が、不思議な魅力を醸し出していた。

まだ若いながら圧倒的な存在感を示すオーラに、客席が呑み込まれたかのよう。
最初は醒めて見ていたハルもいつの間にか立ち上がって、変声してない高い声でキャアキャアはしゃいでる始末だ。





観客を飽きさせないステージも、40分ほど続いた頃。


きゃあああああああああ!


うわぁぁあぁああああああ!


突然、前列の観客から悲鳴が上がった。
ステージの天井から体長3メートルほどの触手の怪物が姿を現したのだ。

「あれは・・・僕を襲ったのと同じ・・・!」

ハルが身を乗り出した。

(コンサートに夢中になって、カチューシャの反応に気付くのが遅れた!)

前列の客が一斉に立ち上がり、黒髪の洪水がこちらに向かってくる。
怪物がベタンとステージ上に落ちるのが見えた。
梶川なつきはヒラリと余裕でかわしたが、なお触手はなつきを狙っている。

「そうか、カチューシャを見て戦士と勘違いしたんだ!」

楽しい会場は一転、恐怖に包まれた。群集心理がパニックを加速する。
客が一斉に出口に殺到した。
俺も遅れまいと立ち上がるが、後ろから押されるわ、前は詰まっているわで身動きが取れない。
ハルとはぐれないよう、抱き抱える。

ステージのほうを見ると梶川なつきは気丈にも触手を睨みつけてマイクを持ち、低く落ち着いた声で観客に呼びかけていた。

「みんな、押し合わないで落ち着いて避難してー!コイツの狙いはあたしのようだから」

異形の怪物を前にしてもまったく動じない。さすが魑魅魍魎の芸能界を生き抜く大物アイドルである。
十人ほどの勇気あるファンがステージに上り、なつきの前に立って肩を組み、触手との間に壁を作っていた。

「ぼぼぼ・・・僕たちのなつきちゃんには・・・触れさせないぞ!」

だが、触手の鞭のような払いにあっさり突き飛ばされた。
体重100キロはあろうかと思われるメタボな男性が、十数メートルも飛ばされていた。かなり強力なようだ。
触手は粘液をステージ上に垂らしながら、梶川なつきに向かう。

「きゃっ、不潔」

たちまちシュルシュルと手首に触手が巻きつくのが見えた。

「あーー、なつきちゃん!」

「・・・僕、行ってくる!」

ハルは器用に服を脱いで俺の腕の中からすり抜けた。
数秒後、俺が抱きしめていたのはハルのぬくもりの残るシャツとハーフパンツだった。

見上げるとレオタードのようなバトルスーツと白い羽根ブーツの小さな戦士が、ファンの肩や頭の上を駆けてステージのほうに向かっていた。

「ごめんね!」

「いてっ!」

「クソガキ、おれの頭を踏みやがったな!」

その中でもひときわ目立つスキンヘッドの上でハイジャンプすると、空中で一回転、宙返りした。

「でやああぁぁああぁぁあぁああ!」

キックを触手に一発かましてステージ上に着地すると、両手に握ったナイフで梶川なつきの腕を縛る触手を斬った。

ハルはなつきを背の後ろにかばうように前に立ち、ナイフを構えた。
そして顔だけ振り向き、八重歯を見せた笑顔で言った。

「なつきさん、怪我はありませんか?」

キラーンと輝く澄んだ瞳。

「こ・・・子ども・・・?」

「さすが間近で見ると一層美しいな。顔に傷がつかなくて良かった」

「君は・・・誰?」

「下がってて。ここは僕に任せて。」

なんとなく会話が噛み合っていない。ハルも自分の役柄を演じるのに夢中なのだろう。
さっとなつきの髪からカチューシャを奪うと、

「こんなカチューシャ、ないほうがかわいいですよ」

言いながら、2個目を自分の髪につけた。思わずぽっと赤くなるなつき。
ハルは触手のほうに振り返ると、ナイフを構えて立ち向かっていった。




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