どれだけ時間が経ったんだろう?
何がどうなったんだろう?
ここはどこだ?
聞き慣れた声が聞こえる。
「あたしのショーをぶち壊しにして!次来たら許さないんだからぁ!」
この少女の声は・・・なっちゃん。
??? 梶川なつきが、なんで俺のそばにいるの???
目脂(やに)で固まった瞼を引き剥がすように開くと、俺は応接室のソファで横たわっていた。
夕日の差し込む窓の向こうからごった返す雑踏や、パトカーのサイレンが聞こえていた。遊園地の管理棟のようだ。
部屋の隅で髪の長い少女が俺に背を向け、後ろで手を結びながら立ち、洒落た壁掛け時計を眺めている。
ああ、俺は幻を見ているのか?
考えようとすると、頭がズキズキと痛む。
「あ・・・気がつきました?」
傍らで、でっぷりした黒い背広の男性が声をかけてきた。
「少年の保護者の方ですね?」
はっとした。
ハルのやつ、また何かやらかしたんじゃないだろうな?
「ごめんなさい!」
俺はソファの上で手をついて頭を下げた。
「どうして謝るのですか?」
「・・・え? さっき、ショーをぶちこわしにしたって怒ってたじゃないですか」
「あの化け物がね」
ソファのほうにゆっくり歩いてくる美少女。梶川なつきだった。
へそ出しミニスカのステージ衣装から、半袖のブラウスとスカートに着替えていた。
俺は慌てて起き上がろうとしたが、また頭がズキッと痛んだ。
「まだ無理しないほうがいいよ? ケガはたいしたことないから安心して」
「どうしてなつきさんが・・・俺のそばに?」
状況が分からず動転して、自己紹介も忘れて訊ねる。
「とりあえず男の子の保護者さんに、命を救ってくれたお礼が言いたかったんです。ありがとうございました」
なつきは長い髪を垂らしながら俺にお辞儀をし、直るとふさあっと髪を掻き上げた。
その風に乗って、俺は梶川なつきの匂いを初めて知った。
ああ・・・なんて甘くて、いい香りがするんだ・・・
・・・って、喜んでる場合ではない。ハルは梶川なつきを助けるために戦ってたんだ!
「そんなお礼なんて・・・。戦ったのは・・・俺じゃなくてハルだし」
まだ頭が混乱気味だったせいで、つい口を滑らしてしまった。
すると、なつきは急に笑顔になった。
「あの子、ハルくんっていうの? 可愛かったわー、息子さん?」
「あ・・・いや・・・弟・・・です」
「へえー、弟さん」
興味深げに身を乗り出すなつき。
その時、俺は大変な間違いに気付いた。
梶川なつきの前で弟の話題はタブーだったのに・・・!
俺は再び手をついて謝った。
「ごめんなさい!」
「何が?」
きょとんとするなつき。
「その・・・・・亡くなった弟さんのこと思い出させてしまったと思いまして」
なつきは一瞬ちらっと、目線を天井にやったようだったが、すぐにこちらを見て言った。
「そんなことべつに気にしないわよ? そっか、ハル君か・・・いい子ね。大切にしてあげなきゃだめよ?」
「本当に傷つけたならごめんなさい。悪気はなかったんです」
「そう堅苦しくならなくていいよ? 宇宙人を見るような目で見ないでよ。私のほうが緊張しちゃう」
宇宙人という言葉に一瞬、ドキッとする。
そう言えば梶川なつきは俺にとって今まで手の届かない、雲の上の人のような存在で、
むしろ異星人であるハルのほうが身近だった。
変な顔をしているであろう俺を見て、なつきはクスリと笑った。
-------------------------------------------------
アイドルスターは温水ポットの湯で、ティーバッグの紅茶を煎れてくれた。
「なつきさんって落ち着いてるんですね。あんな気味の悪い化け物に襲われたのに」
「そのバケモノが存在するという事実は認めざるを得ないし、そのことを騒いでも仕方ないでしょう?
それと謎の男の子があたしを救ってくれたという事実もね・・・植村、あなたも飲む?」
「あ・・・梶川さん、恐れ入ります」
背広男・・・どうやらなつきのマネージャーらしい・・・にも紅茶を勧めながら言った。
「で、ハルは今どこにいるんですか?」
運ばれた紅茶に口をつけながら訊ねた。
「そのハルくんからの伝言よ。
『先に帰ってて下さい。今夜中に戻らなくても、心配しないでください』
って。怪物を追いかけてったわよ?」
瞬時に、ハルの腹に触手の突き刺さった光景が脳に蘇った。
「そっ・・・そんな・・・嘘だろ?」
「あたしだって嘘だと思ったわよ。
『僕の服を持ってるジーパン男に伝えて』 って言われたから話半分に探してたら、将棋倒しの被害者の中にあなたがいたんだもの。
もしこれが女の子の服だったら、大変なことになってたわよ?」
薄暗くなり始めた窓の外から差し込む赤色灯に、身震いがした。
← Back
→ Next
△ Menu