<回想A>

白い生地を金具でつなぎ合わせた、レオタード型のバトルスーツを着たハルの腹部に、
爪とも歯とも分からない触手の鋭利な先端が刺し込まれている。
ビクビク動くそれは肉を抉るというよりむしろ、内臓をしゃぶっているかのように見えた。

うねうねとほじくるように動くたびに、真っ赤な血がドクドクと流れ出ている。
幾本もの細い触手が腕と腿に巻きつき、レオタードの内側に入り込み、その重みでハルは身動きが取れなくなった。

ハルは右手に握ったナイフで抵抗を試みるが、腕に巻き付いた触手が右手をあらぬ方向に曲げ、
その痛みで悲鳴とともにナイフを落としてしまった。

梶川なつきは黒い背広のマネージャーに手を引かれ舞台袖に退いたが、
何度も触手に打ちつけられるたびに苦しそうに吐血する少年から目を逸らすことはできなかった。

「ねえ植村、何とかならない? このままじゃあの子死んじゃうわ!」

「○急ランド側から、警察に通報してもらいました・・・特殊部隊に来てもらうようにと。あと救急車も。
総理官邸か知事に電話して、自衛隊も出してもらうよう要請しましょうか」

このベテランマネージャーも肝が据わっていると見え、冷静に応えた。

「自衛隊なんて・・・あなた、この遊園地ごと吹っ飛ばす気!?
だいいちあの危機管理の全くなってないお役所対応じゃ、到着は明日かしら? 明後日かしら?
とにかくあの子の命がもたないわ!」

話している間にも、少年の動きがだんだん鈍くなっていく。

何かいい方法は・・・

「・・・そうだ!」

なつきは部隊袖のスイッチを操作し、ステージ上を照らすありとあらゆるライトを全て点灯した。
するとステージの空を覆う半球状の屋根が作り出していた日陰がなくなり、まるで直射日光のように明るくなった。

「大道具さん、手伝って!」

屈強な男をつかまえると、ハルを捕らえた怪物の真上に吊られた、丸形を連ねた横長のライトを指差した。

「あのライトを落とすことできる?」

男は舞台脇の倉庫から、非常脱出用の斧を持ってきた。

「あのライトを吊っているワイヤーはこの二本です。これらを切断すれば・・・」

大道具の男は筋肉質な腕に力を込めて斧を振り下ろし、それぞれウインチに巻かれた二本のワイヤーを相次いでぶち切った。

「きみ!伏せて!!」

ハルはとっさに手で頭を覆った。灼けたライト群が怪物の頭上に落ち、割れた破片が触手に突き刺さる。
その高温に、怪物は金切り声を上げてのたうち回った。シューシューと蒸気を吹き上げ、焦げた部分が縮んでいく。
ハルのバトルスーツ内側に入り込み、素肌を舐めるように吸い付いた触手はレオタードの中で激しく暴れ、
レオタードを引き裂くように離れた。
続いてその周辺のライトも落とし、怪物の進路を断つ。

「ぎゃっ!熱つつ・・・!!」

ハルにも灼けたライトが当たり、尻肉や背中をジュッと焼き、溶けたレオタードに穴が開いた。
が、ガラス片を浴びながらも体勢を立て直すとナイフを拾い上げ、焦げた怪物の胴体をナイフで真っ二つに引き裂いた。
分裂した二匹の触手の化け物は傷口から緑の体液を吐き出しながら逃げて行く。

ハルは追いかけようとしたが、足下がふらつき倒れ込んでしまった。
なつきは上半身がはだけ、胸から腹部まで素肌の露出した少年に駆け寄ってしゃがむと、ハルの肩に手を添えた。

「きっ・・・君、大丈夫?」

ハルは八重歯を見せて弱々しく微笑んだ。

「なつきさん、僕のお願いを・・・聞いてくれますか?」

なつきが頷くと、ハルは自分の「保護者」宛の伝言を伝えた。
そして細い腰を持ち上げるように膝をつくと、再び立ち上がった。

「ちょっと君、せめて名前を聞かせて」

「名乗るほどの者じゃありませんよ」

そう言いながら、ハルは自分の頭に差していたなつきのカチューシャを外した。

「これ、返します。もうつけないで。また襲われるから」

ハルはカチューシャをなつきに手渡すと、「じゃあ!」 と言い残し、怪物の残した緑色の筋を辿って駆けていった。

「あっ・・・待って君!ちょっと話が・・・」

少年はなつきの呼びかけに一度も振り返らなかった。

(レオタードの隙間から片方、男の子がはみ出てるのに・・・///)



分裂した怪物のうちの一匹は灼熱のアスファルト上を逃げ回った末、流水プールに飛び込んだ。
やわらかい軟体が排水口をガードする鉄格子をすり抜け、モーター部のプロペラに巻き込まれた状態でくたばっていた。
流水プールの水は緑色に染まり、しばらく営業休止を余儀なくされることだろう。
もう一匹は遊園地の敷地を脱して遊園地と隣接する自然公園の方面へ逃げ、少年はそれを追いかけたようだ。




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