<瀕死のハル>


緑色の体液は、地面に転々と続いていた。
いつしか遊園地の敷地を外れ、隣接する草木に覆われた自然公園の森に迷い込んだらしい。
この炎天下である。怪物も、あまり遠くへ逃げられないはずなのだが。

そして夕方にもかかわらず、相変わらず刺すような直射日光は、ただでさえ暑さに弱いハルの、
傷つき弱った肉体を痛めつけていく。
上半身の肌の露出した白い肌からは、汗と一緒に精気も流れ出していくようだ。
失血がひどく目が霞んできて、大地を踏みしめる足どりも拙くなる。

草のツルに足を取られ、雑草だらけの草村の上に、ハルはついに俯せに倒れ込んだ。

何だか気持ちいい。
カチューシャが脳神経に直接働きかけ、痛みの感覚を麻痺させる一方で、
ハルの頭蓋骨の内側で、脳内麻薬が大量に分泌されている。

カチューシャは、さっきから怪物が近くにいることを知らせていた。
ハルは意識があるうちに、腿に食い込むように巻かれた金属リングから、ほんの万年筆ほどの棒を取り外した。
仰向けになって空へ放り投げると、ロケットのように先端から炎を上げ、物凄いスピードで大空に飛んで行った。

10秒後、それは上空で信号弾のように輝く。

肉眼には赤と緑の光の点滅にしか見えないが、その光はデジタルデータを発信している・・・
・・・ハルの所属部隊データ、現在の位置座標など・・・いわばSOS信号だ。

誰か、気付いて!

その時、木の上から何物かが墜ちてきて、仰向けのハルの胸に馬乗りになった。
生ゴミの腐ったような悪臭がし、気味悪い感触は怪物の片割れだった。
触手の口がハルの乳首と、股間に張られたテントの頂点に吸いつく。
ボロボロで、辛うじて恥部を隠すのみとなったレオタードの内側に細い触手が押し入り、背中を伝って菊穴にねじ込まれる。

裂ける・・・

ガチガチと歯を鳴らすハル。人間、急所を捉えられると無力になってしまうものだ。
触手の細い先端が、ハルの肛門の奥へ奥へと突き上げられていくのが分かる。

・・・まさか・・・産卵する気か!?

産卵から約2日で孵化・・・とカチューシャからデータが脳内に流れ込む。

怪物の卵は、ハルも実験室で見たことがある。
一度の産卵で、直径1センチほどの蛙の卵のようなドロドロの球体が数十〜数百個ほど吐き出される。
産卵場所は弱り切った「獲物」の体内・・・胎内もしくは腸内が多い。
触手獣は基本的に両性具有であるため、産卵した場所に自分の精液を流し込む。
腹の中で一斉に孵化したときには、蛆の湧いたハルの死体は幼生の格好の餌だ。

ハルは尻に怪物の生殖器を差し込まれたまま、10数メートルほど引きずられた。
前立腺を圧迫され、意に反して透明な粘液が竿先から滲み出て、テントを汚す。

全身が痙攣し、もう動けなかった。

そこは湖に近い湿地帯で、沼地があった。渡り鳥の寄生地になっているのだが、
ここなら暑くても、卵が孵化するまでハルの死体が乾燥することがないというわけだ。
ハルは触手に捕らわれた仰向けのまま浅い泥の沼地に半分まで沈み、身動きが取れなかった。

腹の中に何かドクドクと、生温かい物が吐き出される感触がした。
脳内麻薬の回りきった中で、痛みも感じず、全ての刺激が快楽でしかなかった。
腹に何かを産んだ触手獣は、全てを出し尽くした後に動かなくなった。
ハルの胸に絡んだ異形がずり落ちていく。


この怪物はもう死ぬだろう。
あははは。ざまあ見ろ。

蛭が僕の身体のあちこちに取り憑いて、血を吸っていた。
けど、もう振り払う力もなかった。

僕もここまでか?

さあ、救援が来るのが先か、
僕が力尽きるのが先か?


夕焼けの赤以外、もう何も見えなくなった。

誰か早く回収してくれなきゃ僕、養分になっちゃうよ?


・・・お母さん、僕、頑張ったよね?

・・・健哉お兄ちゃん・・・エミリア・・・もう一度だけ、会いたかった!


死の10秒前をカチューシャが教えてくれたら、バトルスーツの自爆タイマーをセットしよう。

だが、その必要はなかった。
カチューシャが死のカウントダウンを始めるよりずっと前に、薄暗くなり始めた大空を横切る、黒く大きな影を見た。
轟音を立て旋回しながら舞い降りるそれは、光り輝く無数の点をちりばめた宝石のようでもあった。

心から安堵したハルは急に力が抜け、目を閉じた。




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