物思いに耽っていたら、ケマリの声で現実に戻された。

「おぉーーーーい、エミリアちゃんから衛星電話だぞ、色男」

元気な爺さんは艦内電話の子機をハルのところまで持ってきて、手渡した。

「・・・もしもし、僕だよ」

「ハルさん・・・無事で良かった!そこにいる爺さんに悪戯されてませんわよね?」

「う・・・うん、大丈夫」

ということはエミリアも過去、被害に遭ったのだろうか?

エミリアの兄、サーべスはある星でブラッド・オクトパスを追跡中、虫に襲われて死んだと聞いた。
何故、運命の神とはかくも気まぐれなのかと呪いつつ、自分だけ生き残ってしまった疚しさを感じてしまう。

(どうして、僕なんかよりずっと人として値打ちの高かったサーベスが死んで、僕が生きているのだろう? )

「ちょっと・・・ハル、聞いてる!?次はいつ帰ってこれる?」

「あ・・・うん、地球の案件が片付いたら休暇をもらうから・・・待っててね・・・うん・・・そう・・・」

ハルの長電話を、興味深げにそば耳立てているケマリ。

やがて電話が終わると、ハルは受話器をケマリに返した。

「ありがとう」

「可愛いおまえのことを案じているのはワシも同じなんじゃがな」

ウキウキするケマリを無視し、ハルは起き上がった。
大丈夫・・・痛くない。

「ケマリ先生、ありがとうございました」

「なんじゃ、もう行くのか」

「仕事に戻らないと」

ハルは包帯だらけの裸体の上に、看護婦の運んできた真新しいバトルスーツを着た。
形いいおち○ちんが布の中に隠れていくのを名残惜しそうに見つめるケマリ。

「また、包茎手術が必要ならいつでも遠慮せんで言うがええ」

(誰が頼むか)

ハルは表情一つ変えずケマリの申し出を無視すると、

「じゃ・・・行きます!」

ハルは救護室を出て行った。

ケマリはベッドのシーツを取り替えようとした看護婦に

「わしがやるから、君は休んでていいよ」

と声をかけた。
看護婦が部屋から出て行くのを確認すると、ハルの寝ていたベッドに上がり込み、布団を嗅ぎながら腰を擦りつけた。

「おお・・・ハルきゅん・・・いい匂いじゃわい・・・」






ハルは艦内をブリッジ方向に歩いて行った。
早速、地球に戻らなければいつケマリに検査されるか分からない。地球の広瀬健哉も心配していることだろう。
一応、目標の怪物は退治できたと思うが、特に地球のように文明を持った人類の住む惑星の場合は、
それから最低一ヶ月間は留まり、事後の経過を見なければならないのだ。

夕食時の食堂前を通りがかったとき。

「おーい、ハル!」

数人のクルーが中から駆け寄ってきた。
皆、ハルと同じ年頃の少年少女だ。

「やあトリカ、後で君のところへお礼に行こうと思ってたんだ。血をありがとう」

機関士の少年と笑顔で抱擁した。

「ハルが助かるんならお安い御用さ。あのジジイは厄介だけど!」

(・・・はぁ・・・トリカ、君もか・・・/////)

「女の子にあんまり心配かけちゃだめよー、この色男」

「ああ、分かってる」

褐色肌で黒髪の少女、タリスと握手した。彼女は通信士だ。ハルのSOS信号をキャッチしてくれたのも彼女に違いない。


「いま、どのあたりを飛んでる?」

航海士のローディと握手しながら聞いた。

「土星の輪の中で停泊しています。もう地球に戻りますか?」

「ああ、頼むよ。人を待たせてるんだ」

「では、すぐブリッジに伝えます」

ローディは走って行った。

「地球に誰を待たせてるのかしらぁー?」

「ママのおっぱいが恋しくなったかな?」

トリカとタリスが冷やかす。

「そっ・・・そんなんじゃないよ!」

「噂じゃ、地球人の男の家にうまく潜り込んだらしいじゃないの。ヒューヒュー」

さんざんいじられて、ようやく別れた。



階段のところで見慣れぬ少年とすれ違った。

「あれ?君と会うのは初めてだよね?」

ハルが声をかけると、コバルトブルーの長い髪に色白の肌、琥珀色の瞳をした美しい少年は立ち止まり敬礼した。
アルタイル人はほとんど容姿は人間と同じだが、犬のような耳と尻尾がついている。

「僕は昨日から研修生として乗り組んでいるアルタイル宇宙軍所属、ローゼです。よろしくお願いします」

ぶかぶかの白い開襟制服の左胸にはわし座を示す鷲の刺繍があり、半ズボンから伸びる細い足、あどけない大きな目。
身長はハルより低く、実年齢も年下のはずだ。
ローゼ。ハルはその名にピンときた。
宇宙連邦軍士官学校を主席で卒業したエースが、アルタイルと友好関係のあるアスト星防衛軍に研修入隊したと聞いていたからだ。
超エリートの士官候補生。いわゆるキャリア組である。
優秀なのかもしれないが、青臭く見えるのは髪の色のせいだけではあるまい。


こんなお子様だったなんて・・・大丈夫かこの子?


(僕も広瀬さんあたりから見れば、同じように思われてるのかな?)

それより何よりの懸念は、早晩ケマリの毒牙にかかることだった。

「ローゼ。狭い艦内で慣れない事も多いと思うけど、怪我だけはするんじゃないよ?」

「はい!」と素直に返事し、ぱあっと弾けた表情はハルの心に、小動物に触れたかのような癒しを一瞬だけ与えた。
うっわ〜〜〜!可愛い・・・可愛いよ、この子!

(ローゼ。その笑顔を忘れず、いい上官になるんだよっ)

思いながら、愛らしいマスコットのような男の子の髪を、ぐりぐりと撫でてやった。


通路の窓から外を眺めると、物凄いスピードで星が後方に流れるように移動していた。
艦が動き始めていた。地球まで、さほど時間はかかるまい。
艦長室の前あたりまで来たとき、正面に背の高い男が立っているのが見えた。


「おや、誰かと思ったらハルじゃないですか。大きくなりましたね」

「お父さん・・・・」

ハルの足が止まった。

「収容した戦士ってハルのことだったんですか!ひどい怪我をしてると聞きましたが・・・生きていて良かった!」

父は駆け寄ってきて、ハルを優しく抱擁した。

アスト星防衛軍の優秀な元兵士。今は出世して、防衛軍の本部勤務・・・だったはずなのだが。
結婚が遅かったから、もう50歳はいっているが、見かけは・・・
もともと若く見える顔の作りも手伝って、地球人で言うとまだ20代前半といったところだ。
面長で髪が長く、切れ長の目に銀縁の眼鏡。おっとりした、上品な美青年にしか見えない。
酒の飲み過ぎで入院してからは痩せて、今はほっそり痩せ形だが、昔はがっちり筋肉質な身体だったらしい。

(なんで内勤のはずのお父さんが、こんな宇宙の果てで救難艦の艦長なんかやってるの?)

『左遷』・・・・・喉まで出かかった言葉を呑み込み、利発な息子役を演じる。
だが、うわべの笑顔とは裏腹に、ハルの心の中では父に対する疑念が渦巻いていた。

(お父さんは怪物退治の現実を告発して、これ以上の犠牲者を出さないようお偉方を説得してくれるって言ってたじゃないか!
それに・・・現場を離れて落ち着いたらお母さんと一緒に暮らすって約束したじゃないか!なのに何故?)


「ハル・・・お腹は空いていませんか?」

以前よりたそがれたように笑う父の顔に、苦労が偲ばれた。

「うん、さっき病室で食べた。」

「よかったら、艦長室でお茶でもどうですか?」

「悪いけど・・・人を待たせてるから地球に戻りたいんだ。もうすぐ着いちゃうし。
 こんどまた、地上で、ゆっくり。」

あまり長居したくなかった。
病室のそばに、長く居たくなかったから。
それに、お父さんに余計なことを問い詰めてしまいそうだったから。

(・・・いや、僕はただ、お父さんから逃げたかっただけなのかも知れない。そして・・・僕自身からも。)

人生に敗れ、現実を甘んじて受け容れた父の姿が、現実に流されながら、要領良く生き延びている自分に重なる気がしたのだ。

「そうですか・・・」

父が悲しそうに呟いた時、艦内放送が入った。

<間もなく地球に到着します。ハルさんは上陸準備をしてください>

「オリンポス」が着陸した・・・厳密に言うと地上から5メートルほど浮いている・・・のは、S県の人里離れた林野の中の空き地だった。
側面のゲートが開き、タラップが下ろされた。


父と並んでタラップを下りると、母が迎えに来ていた。

「お母さんの言うことを聞いて、ちゃんとお行儀良くしなきゃだめですよ?ハルは見かけに寄らずやんちゃしますからね」

父がハルの髪を撫でた。

「あたしがちゃんと見張ってるから、あなたは安心してて」

三人で抱擁し、握手した。

「また今度、三人で食事しましょう。地球で、美味しいお店を見つけたの。」

母が言った。

「・・・それじゃ・・・」

ハルと母は左ハンドルのRX-8に乗り込んだ。
父はテールランプが細い林道の闇の中へ消えるまで、砂煙を立てて去っていくRX-8をじっと立って見送っていた。




Back
Next
Menu