その時だった。
「強盗だーー!!」
商店街のほうから怒号が響き、大きなバッグを担いだ男が爆走してきた。
男の右手に、刃渡り10センチほどのナイフが輝く。
「逃げるぞ!」
俺はフリードの細い腕を掴んで走り出そうとする。
だが、フリードは犯人のほうをびっくりしたように見たまま、固まったように動かない。
俺の手がセーラー服の袖を握って引っ張る格好になってしまい、細い首筋から鎖骨がはだけた。
「フリード!」
髭面の犯人が俺たちを見た。
「お嬢ちゃん、人質になってもらうぜ!」
犯人が俺たちにナイフを向けた瞬間、フリードは俺の視界から消えた。
俺の手を振り払い、ひらりと幼い身を屈めて犯人に飛び込んでいたのだ。
「なっ・・・」
それは一瞬の出来事だった。
フリードは犯人の右真横に倒れ込むと、スレンダーな足を使い、犯人の両足をまたぐように挟みこんだ。
その状態のまま今度は左に転がると、男は簡単に地面に倒れた。
「今だ、広瀬さん!」
背後から男の首を絞めながら叫ぶフリード。
「よし!」
俺は男の右手のナイフを蹴り飛ばすと、 馬乗りになって犯人を押さえつけた。
犯人は抵抗したものの、通行人に取り囲まれ逃げ場を塞がれると、観念したように動かなくなった。
「きみ、なかなかやるね」
俺は路上に転がった帽子を拾ってやると、隣でパンパンとセーラー服の砂埃を払う少女に声をかけた。
すると、いきなり俺にぶら下がってきた。
「広瀬さん・・・ええ〜〜〜〜ん、怖かった〜〜〜〜!」
俺の胸の中で泣きだしてしまった。
周囲の視線が俺にくぎ付けになる。
「うわああああああああああああああああん」
「よっ、よしよし、もう大丈夫だ」
俺の腕の中に潜り込むように胴を上下に揺らし、激しく嗚咽する少女。
垂れ下がった長い金髪からは甘い、いい匂いがする。
「兄ちゃんが捕まえてくれたのか?」
ついさっき寄った寿司屋のおやじが声をかけてくる。
「そう!広瀬さんが助けてくれたの!」
口篭る俺より先に叫ぶフリード。
おやじは俺が犯人を取り押さえる際、道路に放り出してしまった寿司の包みを拾った。
「あ〜〜あ、お寿司、ぐちゃぐちゃになっちまったな。握り直してやるから待っててくれ」
店のほうへ駆け出したおやじに、「またタコとイカ抜きでお願いね〜!」と叫ぶ俺。
「広瀬さん、血が出ちゃった・・・」
再び隣を見ると、転んだ時についたのだろう。膝にかすり傷がついている。
「ふえええええええええええええん!痛ああああああああああい!」
また泣きだしてしまった。
ざわざわする野次馬。この状況はビジュアル的にまずい。
けれど寿司屋のおやじが戻ってくるまで、帰ろうにも帰ることができない。
「広瀬さんのおうちに絆創膏、ある?」
「あ・・・あるけど・・・」
にやりっ。
(連れていかないと、もっと大声を出すわよ)
耳元で囁くフリード。俺の腕がまた、ぺったんこの胸に当たっている。
細い腰つき。透き通る肌。長くすべすべなフトモモ・・・。
俺、何かに目覚めてしまったようだ。
いや、そうでなくてもこの状態は一歩間違えば変質者だ。警官がこちらへ走ってくるのが見えた。
「わかった・・・。」
強盗事件について警官から簡単な事情聴取を受けた後、ようやく寿司屋のおやじが替わりの寿司を持ってきてくれた。
「ほれ。三人前。」
「えっ、なんで?」
「さっき店に寄ってくれたとき、一つは弟さんの分って言ってただろ?
これはお嬢ちゃんの分。おまけしとくよ。これ食って、元気出しな」
俺はフリードを連れてアパートの前まできた。
「シロアリ業者さん、もういないみたいじゃない」
「騙してごめん。実はいまアパートに年の離れた弟が来ててさ。ちょっと追い出してくるから待っててよ」
「ええ〜っ、ぜひ会いたいなあ。名前はなんていうの?」
「・・・ハル・・・ハル・・・キ。」
「ふぅーん、ハルキ君!お友達になりたぁい♪」
「それはだめだ。あいつ、人見知りするから」
だが、その直後。
「広瀬さーん!遅かったねー」
ハルがアパートの前に出ているではないか。
なんとタイミングが悪い・・・。
「あの子のどこが人見知り?」
意地悪そうに笑うフリード。
「広瀬さんおかえ・・・うわーっ!」
俺が連れてきた少女に気付くハル。
「ハル、紹介するよ」と言いかけるより前に、フリードのほうが口を開いた。
「久しぶりだな、ハル」
少女の声が変わった。
いや、声質自体が変わったのではなく、話し方が変わったのだ。
さっきまでの活発から変わって、落ち着いた語り口。
・・・て、久しぶり???
「なんだ?二人とも知り合いか?」
おろおろする俺を無視して続けるハルは、俺に見せたことのない眼光で少女を睨みつける。
「フリード・・・やはり君が動いてたのか。何だその格好は。今日は大使館のお嬢さんという役回りか?」
「僕には敵が多いからね。こういう偽装が不可欠なのさ」
いや、かえって目立ちすぎだと思うが。
・・・・って、今、「僕」って言わなかったか!?
「広瀬さん、騙されちゃいけない。フリードは男の子なんだ」
「えっ・・・」
あのぺったんこの胸。
「嘘だと思うなら確かめてみる?」
「ちょっ・・・待ってくれえっ!!」
半ズボンのホックを外そうとするお嬢さんを、慌てて制止する。
そうだ思い出した。ハルと遊園地へ行く朝、テレビに映ってた女の子。こんな格好してたぞ?
「とっ、とにかく部屋で話しを聞こう。ここじゃなんだし・・・な?ハルとも知り合いみたいだし」
「広瀬さんっ!その子は部屋に上げちゃだめだ!」
「ハル、お寿司も3人前あるんだ」
「あぁ〜〜〜っ!僕のボーナスでフリードの分まで買いやがって!」
「落ち着けハル。これはサービス品だよ」
大騒ぎするハルをなだめながら、俺たちは階段を上がっていった。
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