俺はハルを半ば無理やりテーブルに座らせると、フリードの膝の傷を見るため、左足を前に投げ出す形で座らせた。
帽子を取った頭から、後ろに床まで届いた長い金髪が、ふさあっと扇形に広がって垂れている。
脛まである白い靴下が発する真新しい革靴の匂いとともに、まだ熱を帯びた少年の肉体からは、ハルのとはまた違った甘い薫りがする。
正面から見ると、動かずじっとしてくれればまるで、細い腰のところで折れ曲がったお人形さんみたいな天使。
だがその透き通るような美肌が少し赤く腫れた膝からは、真っ赤な血が乾くことなくにじんでいた。
俺は汗ばんでヌメッとしたそのスレンダーな長い足を持ち上げて、タオルで拭いてやった。
細い腰から生えた柔らかく滑らかな腿肉の付け根・・・。
紺色の半ズボンの隙間から覗く白いパンツには、確かにふっくらと男の子の証が見える。
俺の指が弾力ある腿に食い込むと、くすぐったいのをこらえているのか、フリードは無言で瞼を細めている。
「ああーーーっ、そんなとこ触っちゃ嫌よ!・・・アン・・・キモチイイ〜〜やああ〜〜ウチの大事なアソコがもうこんなに〜〜」
ジュースを飲みながら横から冷やかしてくるハルを無視し、マキ○ンを染みこませたガーゼで傷口を拭いてやる。
「ンっ・・・・」
「しみるか?」
「平気さ」
なるべく刺激しないよう指先で傷口をいたわるように軟膏を塗った後、最後に大きな絆創膏で塞いでやった。
「ありがとうございました」
フリードは丁寧にお辞儀すると、肉付きの薄い尻を持ち上げるように起き上がった。
俺は手を洗った後、テーブルに寿司とペットボトルのお茶を並べた。
「さあフリード、食事しながら話を聞こうか。」
ハルが異星語でぶつぶつと愚痴っているのを無視して、異国の男の子は自己紹介を始めた。
フリードはアメリカ出身、アメリカ国籍の地球人である。外見は11歳といったところだが、現在地球年齢で17歳。
父親は宇宙工学の科学者で、母親はCIA勤務。実は父方の祖父がアスト星人というクォーターである。
一方母方の祖父はヨーロッパ系で、某革命運動の指導者だったが既に他界している。
「ミスター・ヒロセ、僕はあなたと同じ地球人ですからね」
カチューシャなしで流暢な日本語で話す青い目の子。同じ地球人なのに、ハルより遠い存在に感じてしまうのは何故なのだろう?
「凄い家系だな」
と、正直に驚いた俺が言うと、
「僕のおじいちゃんは地球に不時着した、アスト星の宇宙戦士だったのさ。ハルのおじいさんの部下だったんだけどね」
と、慣れた手つきで箸を操り、うまそうにトロを突っつきながら続けた。
子供にもかかわらず、大人顔負けの身体能力と知能が買われ、母に協力し、幼少時より要人の警護や特殊工作に携わってきた。
地球に居着いたアスト星人の子孫だから宇宙連邦政府ともコネクションがあり、時にはアメリカ政府とを結ぶパイプ役も果たす。
ハルの母が地球に「移住」するにあたり力になったのも彼の家族だった。
「本来は宇宙連邦政府が、非加盟星の特定の国と深い関係を持つことは禁止されているんだけど」
厭味っぽく口をはさむハル。
ただ、特に全宇宙での怪物の掃討作戦中という状況下にあって、地球上で何かと手を回してくれる人間がいると便利なので、
今のところこの複雑な身分が黙認されているのが現状だ。
さっきフリードを手当てしているときに気付いたのだが、フリードの全身をよく見ると、あちこちに古い傷跡が残っている。
生を受けて今までの危険な任務の熾烈さ。人生の壮絶さを想像しつつも、
スパイとして健気に生き抜いてきた少年の強さと、美しさを感じずにはいられなかった。
自分の肉体を舐めるかのような俺の視線に気付いたのか、異国の美しい戦士は言った。
「この傷跡はやがては残らず消えると思う。ただアストの血が4分の1だからね。回復力もそれなりってわけ」
フリードはハルの食べ残したイクラの軍艦巻きを口に運ぶと、かわりに自分が最後まで手をつけなかった甘エビの握りを、ハルの皿に移した。
「で・・・ハル。遊園地での一件はご苦労だったけど、あれから捜査に進展がないようだね」
フリードはハルのほうを向いて言った。
「きみは何もわかっちゃいないな。潜伏期は増殖する恐れもないし、クソ暑い中却ってこちらの体力を奪われるだけだ。
こんなときは涼しい部屋でゆっくりと、昇進試験の勉強でもしているに限るね」
甘エビの寿司を口に運びながら反論するハル。
はて?俺が見てきたところ、ハルが勉強しているような光景は見たことがないのだが。
「そう考えるなら何故、あの日に限って遊園地へ向かったんだ?」
「僕の天才的な直感が、怪物の居場所を察知したのさ」
遊びに行ったら偶然に蛸と遭遇したのが本当のところなのに、よく言う。ハルは続ける。
「地球に落下した蛸が一匹じゃなかったんだもんね。
どこの誰が『一匹だけ』なんていう間違った情報を軍に教えたのか知らないけれど、お陰で死にかけたんだぞ」
「僕ではないからな」
疑われ、不機嫌になるフリード。
「こっちだって、ハルと蛸が遊園地で派手に暴れ回ってくれたお陰で、後片付けには本当、骨が折れたんだぞ。
母さんにも手伝ってもらって、秘密を隠し通すのが大変だったんだから」
遊園地の被害が広範に及び、後始末が宇宙連邦軍の手に負えなくなったため、フリードに依頼してきたのだという。
フリードは災害復興協力という名目で米軍を動かし、外交圧力を利用して日本警察による捜査に介入。
宇宙連邦諜報部の流した錯乱工作とともに、何とか表向き自体を収拾するのに成功。
そういえば捜査に一部米軍が関わっていたとの情報が、一部雑誌に載ってたっけ。
「とか何とかいいながら、ちゃっかり日本の自衛隊から調査情報を横流ししてもらってるんでしょ?蛸の分析結果とか」
「ハルが僕を嫌うのは勝手だが、僕を母さんと一緒にしないでほしいな。
僕だって『母さんはアメリカのことしか考えてない!!』って、親子で口論したことが何度あったことか」
寿司を食べ終わった二人はいつの間にか、デザートのアイスクリームに移っている。
ハルやフリードに食べられて、その体温に胃でとろけるアイスクリームは本当に幸せだろうな・・・と思える光景だが、
この愛くるしい子供同士の光景と会話のレベルが全く噛み合っていない。
「それとハルに友人として忠告しておく。あまり関係のない報告ばかり上げてると、
宇宙連邦政府からも『サボってる』って思われちゃうぞ」
フリードは何枚かのペーパーをポケットから出し、広げた。
文章は宇宙第一共通語で書かれており、古代サンスクリットのような文字が並んでいて俺には読めないが、
本文に添えられた写真や図表を見ればだいたいどんなことが書いてあるかは分かる。
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「確かにレポート件数は評価対象だが、報告数を水増ししようとそんな報告ばっかり送るから、軍の上層部も随分とお怒りらしいぞ」
「ハル。おまえ、俺のパソコンでこんなことばっかり書いてたの?」
「うん・・・」
顔を赤らめ、うつむくハル。
近所の商店街で開かれていた盆祭りに行った帰り、踏切のところで立ち止まって夜風に吹かれながら、
走り去る車両をうっとり眺めてたのを思い出した。
確かハルはこんなことを言っていた。
僕ちっちゃいとき、暗闇にぼんやりと浮かぶ列車の長い窓の列って、どこか異世界へ消えて行っちゃいそうで怖かったんだ・・・
あの時もこの異星人は、原稿の構想を練っていたのだろうか??
「もっとも、ハルの論文は一部には高く評価されてて、『次は美人特集を』という声があるのも事実なんだけどね」
とフリード。
「僕が美人特集をやらないのはフリード、君が地球にいるからなんだぜ?」
「なっ・・・いきなり何をいう」
ハルがどれほど本気で言ったかは分からぬが、戸惑いつつも目は怒っていないから、悪い気はしていないに違いない。
俺が見ても、フリードは地球人として最も綺麗な男の子ベスト10人に入ると思う。
きっと、ヨーロッパ人とアスト星人の綺麗な部分を受け継いだのだろう。混血の威力、恐るべし。
「かわりと言っちゃなんだが、次は日本で有名な廃墟特集を考えてるんだ。
廃墟マニアとして名高いカノンちゃんも大絶賛の、密度の濃いやつを一発・・・」
数日前、萌えボイス声優として人気上昇中の神野聖良(かんの せいら・・・愛称カノン)がレギュラーを務める深夜ラジオの番組の中で、
「あたし近頃休みの日になるとね、首都圏から日帰りで行ける廃墟を探訪するのにハマッちゃって・・・」
って語ってたのを思い出す。
しかしハルよ、土地勘のないお前を辺鄙な場所にある廃墟まで、誰が連れて行くんだ?
(俺に案内しろと言うのか?)
と視線を送ると、ハルはそそくさと話題を変えた。
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