「で、フリード。君は自己紹介と僕に説教するために来たわけじゃないだろう?」
ハルが真顔になって言うと、フリードは「ああ、そうそう」と手を叩いた。
「ハル、僕は君に協力したい。そもそもなんで僕に連絡をくれなかったんだ?
君が地球に来ている事は、宇宙連邦から蛸の処理を依頼されてはじめて知ったよ」
突然の申し出に、ハルは言い返すように即答した。
「きみの助けなんか必要ない。手柄を横取りする気だろう」
今までの話の流れからして、ハルが最初からフリードと組まなかったワケが分かった。
ハルはフリードに利用されるのを疑っている。
もっとも、それはフリードのほうも見越して話しているようだ。
「またこれからもメディア工作が必要なこともあるだろうし、力になれることはあるはずだよ」
ふと、フリードがドキッとする一言を漏らした。
「広瀬さんはどこまで宇宙連邦の秘密を? これ以上巻き込んで大丈夫なのか?」
するとハルはカチューシャを外してから、べらべらと聞いたこともない言語で語り始めた。
これが宇宙第一共通語らしい。
ハルに応じて、フリードも同じ言語で返す。
二人の口論気味なやりとりが続く間、俺は何も理解できずに黙ってお茶を飲んでいたが、
10分ほど話したところで、やがてハルの主張にフリードが肯いたようなそぶりを見せた。
話がまとまった気配がしたところでハルはカチューシャを頭に戻し、フリードも立ち上がって水兵帽をかぶった。
「今日はこれでお暇(いとま)するわ。ご馳走様。お邪魔しましたぁ」
唐突にニッコリと笑顔を浮かべ、すっかりお嬢さんモードに戻ったフリード。
「おっ・・・おい、俺に英会話のレッスンをしに来たんじゃ・・・・」
フリードにはまだ聞きたいことがある。引き留めるように言った。
「ああ、そうだったわね。でも、また今度がいいのでしょう?」
フリードは片目をつむってウィンクすると、ふわっと甘い残り香(が)とともに部屋から出て行った。
フリードがアパートの階段を下りたのを確認してから、俺はハルに聞いた。
「ハルはフリードのことを警戒してるみたいだけど、彼を上手く利用できる方法はないのか?結構、いい子だったじゃん」
「そう一筋縄に行く奴でもないんだよ」
ハルは左人差し指を鼻に当てて「シーッ」とすると、右手で俺の服やズボンの中をゴソゴソと探り始めた。
(ひゃあっ、ハル!そこ触らないでくれ!)
(んもうっ、僕はべつに広瀬さんのち○ちんが触りたいわけじゃないよ)
しばらく手探りしして、俺のズボンのポケットから小さなボタン電池のような金属を見つけ、取り出した。
「はーーっ、やっぱりか・・・」
「何それ?」
「小型の盗聴器」
げっ、いつ仕込まれたのだろう?
まさか強盗に襲われる前後に泣きついてきた、あの時に!?
ハルが盗聴器を皿の上に置き、ナイフの先でガッと突き刺すと、
バシュッ!と火花が散って細かいパーツが飛び散った。
「これで安心。広瀬さんも気をつけなきゃだめだよ。知らず知らずのうちに、重大犯罪に利用されることもありうるんだから」
「すっ、すまないハル!」
どうやら俺はフリードを甘く見すぎていたようだ。
「で・・・、さっきはフリードに何を言ってたの?」
「『助けは不要だ。はやく帰らないとお父さんに連絡して、あす夜にでもニューヨーク上空に宇宙連邦軍の偵察機100機を滞空させてやる』
って言ってやった。円盤じゃなくて五角形の航空機だけどね」
「そっ・・・それはまた過激なことを・・・」
「これぐらい言わないと引っ込む相手じゃないよ。」
「でもさ、異星人の存在が地球人にばれていいのか?」
「宇宙連邦軍の見解としては、存在が知れること自体は問題にしていないんだ。
だってそれが問題だったら例えば、悪いけど広瀬さんにも何らかの口封じをする必要があった」
「意外と俺も信用されてなかったんだな」
「まあ、友達にバラされるぐらいの覚悟はしてたんだ。律儀に秘密を守ってくれて感謝している。
でも、長い目で見れば異星人の存在なんて、何十年後か何百年後かにはいずれバレるんだし。
いや、正確には過去にも地球人と接触していたというのが本当のところかな?
日本人の先祖は忘れてしまったようだけど、過去の接触が『竹取物語』のように伝承として残ってる例もある」
「や・・・・やっぱりかぐや姫は宇宙人だったの?」
「まあね。某星のお姫様だったっけな? もちろん穏便に事を運ぶため内緒にしておいほうがいい場合もあるけど、
むしろ存在を隠し通そうとすることが作戦行動の障壁になると判断される場合は、僕たちの存在を公表しても問題ないってわけ。」
「だったらもう地球じゃバレてるんじゃないの?UFO目撃情報は真偽はともかく、沢山あるぞ」
「エリア51の話は宇宙連邦がカモフラージュのために流した偽情報だよ」
「ええーーっ? 他にもデマは流してないのか?」
「ロシアの針葉樹林にいかにも地球人が好きそうな、円盤型宇宙船の精密模型を落としてみたりとかね。
実際にはあんなデザインのモノが飛べるわけないのに、みんな本気にしちゃって。こっちが『悪かった』って思うくらい、見事に騙されてくれた・・・ハッハッハッ!」
腹を抱え、大笑いするハル。
「高速に回転して飛んでたんじゃないのか?」
「それじゃあ乗ってる人の目が回っちゃうじゃん。ま、『嘘臭くしたほうがかえって騙しやすい』という心理を利用したのもあるけど」
「ああ・・・俺の頭の中の常識ががらがら崩れていく」
「まあ、信頼できる情報が与えられてない段階での混乱はよくあることさ。
今日ではほとんど学者の興味すら引かぬような神学上の些細たる意見の相違のために、
かつては多くの人々が互いに殺戮しあったことを考えてもみたまえ」
「意図的に混乱させたくせに・・・」
「けど、アメリカの上空にUFOを飛ばすのはいい考えだと思わない? 世界が大騒ぎになって、
宇宙開発やら航空産業やらカルトやら、株で大儲けができるよ?広瀬さんも一夜にしてセレブの仲間入りだ」
「あんまりハラハラさせないでくれ。お母さんに言いつけるぞ」
「そんなことより、今はなぜフリードがわざわざ協力を申し出に来たのかを考えなきゃね」
「あっ、誤魔化した」
「宇宙連邦軍がフリードを通して蛸の事後処理を頼んだっていうのは嘘だよ」
「なに?」
「正確には、事態を知ってフリードのほうが『申し出た』。これは僕の上官が言ってたから間違いないよ。
フリードはこっちから頼んでもいないのに米軍を動かした。」
「つまり見返りを期待しているってこと?地球より進んだ技術を提供してもらうとか・・・」
「宇宙連邦は非加盟星にはそんなに甘くはないんだ。NATO加盟国が非加盟国に技術をやることがないのと同じでね。
機密情報の流出や、国々との同盟・敵対関係の構築について制限があるんだ。
フリードなんて、さっきは偉そうに『宇宙連邦政府とワシントンの架け橋』って宣(のたわま)ってたが、実際は親善大使レベルだよ」
「そういやハルが来たばかりの頃、ブログの内容のことで鈴村先生に怒られたことがあったっけ」
「あれは僕がグレーゾーンでバラしてOKだと判断していた範囲の内容が、知らないうちに規制が厳しくなって公開禁止になってたから警告が来たって事。」
「じゃあ今回、なんでフリードはわざわざ自分のほうから動いたんだ?」
「それはね・・・、蛸や僕らの存在を隠したいという意図があると思う」
「公に宇宙人の存在を知られることを嫌がってる?」
「そう。だから蛸の死骸もすぐに遊園地から隠した。『米軍が』ね。
さっきも言ったとおり、宇宙連邦としては存在をばらすことを禁止していないし、
こんなことはフリードだって知っててやってるはずなんだ。だから試してやったの。
じゃあ、なぜアメリカは宇宙人の存在を知られたらまずいのか?」
「さっきの株の話じゃないが、世界が大騒ぎになるからか?」
「殆どの地球人にとって、僕らは未知の存在だ。自分たちよりはるかに進んだテクノロジーを有する存在に畏怖するようになる。
実際、コ○モクリーナーみたいな機材もあるんだけど」
「コス○クリーナーより、冷蔵庫の材質を透明にする技術があれば喜ばれるかも」
俺は冷蔵庫の奥から取り出したウーロン茶のペットボトルの中身が、ほとんど残っていないのを見ながら言った。
「できなくはないけど、その話はまた今度じっくりしよう」
「けどさ、考えてみれば覇権国家が地球をまとめ上げるのに、宇宙人なんて格好の外敵だぜ?そういう映画も作られてるし」
「そうだね。けれど、中国やロシアとの関係が微妙になってきているからね。慎重にならざるを得ないんだろうね。」
「宇宙連邦軍と戦争すりゃ、物理的な力関係で負けるのは目に見えてるけどな」
「あと、ひょっとすると例えば日本がアメリカ抜きに、宇宙連邦と接触することを恐れているのかも知れない。僕のお母さんも日本にいるからね。
日本だけじゃない。ロシア、中国、EUも・・・、万が一にでも宇宙連邦と手を組んだらアメリカにとって厄介だ。」
「だから、アメリカに宇宙連邦をつなぎとめておくために恩を売っておく、ということか」
「ねえ広瀬さん。僕は今回の蛸退治は、あくまで宇宙連邦の中の問題として処理したいんだ。
正直僕はまだ、地球は宇宙連邦に加盟する資格は満たしていない、と思ってる。
そんな中で、アメリカに手伝ってもらったという前例は作りたくないんだよ」
宇宙連邦に加盟する資格・・・。
「地球が宇宙連邦に加盟できるようになるには、何が足りないんだ?」
「それは・・・今は言わない。僕が今のミッションを終えて、地球を去るときに話すよ。きっと今言えば喧嘩になっちゃう」
ニカッと八重歯を見せるハル。
最後に、さっきから胸につかえていた気持ちに話を振ってみた。
「ところでさ、一体フリードがどうやって、ハルがこのあたりにいることを知ったんだろう?俺の名前も知ってたんだぜ?」
けれど、ハルの返事はそっけないものだった。
「遊園地事件の怪我人リストでも調べたんじゃない?さてと、お堅いお話はもうおしまい。飲もうよ」
ハルはウォッカをコーラで割った物を飲み始めた。
「ったく、広瀬さんは心配性なんだから。要は僕がブラッド・オクトパスを退治できればいいの。そうでしょ?」
可愛らしい宇宙戦士が無邪気に酒を飲んでいる前で、俺は心の中で身震いがしていた。
何か、日米両国政府をも巻き込んだ、大きな陰謀が動き始めてる気がしたからだ。
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