「ミスター・ヒロセ、ハルを今までサポートしてくれて感謝しています。でもそろそろ手を引いて、我々に任せて欲しいんだ」

少年は周囲を見回した後、落ち着き絞った声で話し始めた。

「なぜ?」

「あれから蛸の調査に進展がないことは分かってる。遊園地の一件以来、地球人も警戒を始めたし、<奴ら>もそうそう表には出てこないだろう。
いくらハルが優秀でも一人での捜査じゃ限界があるだろうから、ハルは僕が責任を持って援護し、宇宙連邦軍の怪物掃討作戦に協力する」

「へえ〜っ、宇宙連邦と地球人の共同作戦ってとこか?」

言葉を選びながら返してみたが、フリードは俺の疑問には答えず、続けた。

「もちろん広瀬さんには相応の御礼をする。そろそろ就職活動の時期でしょう。
僕に協力してくれれば、何にでもなれますよ。この不況のご時勢、私立文系では難しい一流の外資系でも、政府機関でもね」

見返りの餌も用意している・・・ってか。

「鈴村先生が単位をくれなかったら卒業できないけど」


すると、「だから日本の学生は・・・」とでも言いたげに「ふーっ」とため息をついた。

「大学中退でもいいんですよ。卒業を待たず就職ってのもかえって箔がつく。
前にも約束した通り、英語のレッスンは僕がする。僕の授業は鈴村先生よりやさしいぞ」

鈴村先生の「本気の授業」についてはハルからも聞いたことがある。


「語学ってのはね、あなたの思ってるほど生易しい物じゃないのっ!!」


発音の違いを体得させるために口の中に指を突っ込んできたり、間違えた単語を100回唱えさせたりするって・・・
大学の必修語学はまだ手加減してくれてるほうなのかな?


「俺はもう二度とハルとは会えなくなるのか?」

「そんなことはない。近い将来、異星人との本格的な交流がスタートすることは間違いないんだ。
例えばの話、これから日本にも異星人と交流する外務省の外郭団体でもできるだろうから、僕が紹介してあげるよ。
うまく潜りこめれば極端な話、広瀬さんはハルと定期的に会っていれば仕事したことになる。
9時〜17時のゆったりした仕事で、たまに宇宙旅行でも楽しんで、身分も安定でウッハウハ」

つまり前のハルの話と合わせると、今のうちに宇宙開発産業の関連株でも買っておくのがいいようだ。

フリードに世話になると、一生この子に頭が上がらなくなるのかな?
コネ入社とは恐ろしいものだと、親から聞かされたことがある。
何かの捜査への協力を頼まれ、逆に命を狙われたりして。お〜〜〜、こわっ。

「僕は今はアメリカ人だぞ。契約は守る」

「ハルに君と組む気があるだろうか?もし仮にハルのほうにその気がなければ・・・」

核心に触れることを言ったが、フリードは動じなかった。

「僕だって、ハルの意志は大切だと思ってる。アストに留学したときのクラスメートだったからね。
けれど広瀬さん、これ以上民間人のあなたを危険にさらすわけにもいかないのも事実だから」

「危険ってそんな・・・・俺が蛸に食われると?」

「いや・・・ハルの隠密行動がバレなきゃ良かったかもしれないけれど、遊園地の一件以来、もう他国の諜報機関も何かしら嗅ぎつけて動いてるんだよ。
脅すわけじゃないが、事実今のままの状態だと、広瀬さんの身に危険が及びかねないんだ」

「どういうこと?さっきは宇宙交流が盛んになってバラ色の未来が待ってると・・・」

「蛸を退治できずに地球に居着かせたらそれだけでも危険なんだけど、
例えば蛸を生物兵器に利用する国やテロリストが出てこないとも限らないし。
蛸を放った連中のほうが地球の政治状況を利用して、下手すると地球上が代理戦争の場にもなりかねないんだ。
スペイン内戦やアフガニスタン紛争が大国の代理戦争だったようにね」

「特定の国が絡んでくるのがまずいなら、宇宙連邦軍に任せて、増援をお願いするとかしたほうが良くない?」

俺は残り少なくなったコーヒーを飲み干した。

「言っとくけど、今回の僕の話にアメリカは関係ない。その力を利用はするけどね。
宇宙連邦の連中に『地球人は何もしなかった』と言わせるのが癪なのさ。
宇宙平和を脅かす得体の知れない連中が生物兵器を使って地球を狙ってる。
それを異星人のハルに任せっきりでいいのか?僕にも地球人としての誇りがある」

フリードの眼差しは真剣だった。
そんな綺麗な顔して、眩しく澄んだ瞳で見つめないでくれないだろうか?

「つまり・・・だ。フリードは地球人を代表して怪物と戦うと言うのか?」

フリードは自信ありげな凛々しい顔を作った。

「ああ、必ず勝ってみせるよ。地球生まれ地球育ちの宇宙戦士・フリード。格好いいんじゃないか?」

「きみを信用していいのか?」

「戦後60年間の歩みで、日本人がアメリカを信じてくれた程度に信用してくれればいいさ」

「最近はあまり信用できなくなってるんだが・・・いや、過去もかな」

意地悪く言うと、飲みかけた紅茶を「ゴホン」と咳き込んだ。

「少なくとも・・・」

照れ臭そうに笑いながら続けた。

「あのハルが心を許す人に対して、僕は嘘は言わない」



ハルは<フリードは恩を売りたがってる>と言っていた。
確かにそれは一理ありそうだが、フリードの言い分をどこまで信じられるのかが分からない。

「少し、考えさせて欲しい」

「そうだね。今すぐ返事してって言うのも難しいだろうし。今日はありがとう」


フリードは俺に1000円札を渡すと、席を立った。

「じゃ・・・迎えがきたようだから。いい返事を期待してるよ」

別れ際、携帯電話の番号の書かれたメモを渡された。

<Fried>

「てっきりFreedomのFreedかと思ってたけど」

「うん・・・プロイセン王フリードリヒのフリード。遠い祖先だよ」

明らかになった新事実に驚愕し立ち尽くす俺にウィンクして、可愛らしい偉人の子孫は、
ファミレスに横付けされたリンカーン・コンチネンタルに乗り込んでいった。






アパートに戻ると、ハルが帰っていた。

「学校、どうだった」

「それがね・・・」

1学年2クラス、全校児童400人ほどの区立小学校6年生に転入したハル。
見かけはどう見ても小学生だが、日本の小学6年生で学習する内容を、アスト星の子供は既に5歳で学んでいる。

「担任の玉崎の授業があまりにじれったいから居ても立ってもいられなくなって、僕がかわりに授業をしてあげたよ」

「え゛・・・・」

ハルはこう見えて、地球より学問も科学もうんと進んだアスト星の大学を卒業している。
先生より頭のいい小学生に来られては立つ瀬がない。

「ま、僕もこういう仕事してなけりゃ、学校の先生でもやってたかも知れないんだけど」

「このまま居ついて、地球で先生でもやらないか? お母さんみたいに」

すると目の前の天才少年は、「また冗談を」と言わんばかりに、ハッハッと大笑いした。
ハルのスパルタ語学を受けたいような、知らないほうがいいような・・・

「ところで今日、フリードと会ったんだけど。」

「何か言ってた?」

「ハルのこと、クラスメートって言ってた」

「ああそうだよ、2年前はね」

フリードは半年ほど「ご先祖の里帰り」という名目で、アスト大学に隠密留学していたことがあったのだ。

「寮制の宇宙戦士養成課程では僕と同じロンバルド隊で、隊長のサーベスから『面倒見ろ』って言われたから同じ部屋だったのさ」

「えっ・・・」

「最初見たときはお人形さんかと思って、どう接していいか分からなかったよ」

ハルは俺を膝枕すると耳掃除しながら、2年前の出来事を話し始めた。




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