フリードが留学を始めて数ヶ月たった、ある日のこと。隊対抗の模擬戦闘メンバーに選ばれた。
模擬戦闘は100メートル四方ほどのアリーナで、隊あたり10人ずつ、レーザー刀身のナイフで格闘する。
レーザーは皮膚を傷つけることはなく、地球でいう陸上ユニのような形状のトレーニングウェアにダメージを示す印をつけ、生死判定する仕組みである。
サーベス隊長を先頭に、ハル以下隊員8名、そしてフリードがゲートからアリーナに入場する。
比較的弱い重力場に設定されている直方体の空間には、無人惑星の大自然に似せられた人工の林がレイアウトされ、床は赤茶けた土と芝に覆われていた。
皆、光沢ある白い半袖シャツにブルーのハーフパンツ、そしてロンバルド隊を示す赤色のハチマキ、腕章。
シャツとハーフパンツの下にハイレグ・レオタードのような、訓練用のバトルスーツを着こんでいる。
同時に敵チーム・・・緑のハチマキ姿のクラクトン隊10人もまた、向かいのゲートから姿をあらわした。
サーベスはハルより10pほど背の高い華奢な男の子で、短めのハーフパンツが長い足を一層際立たせていた。
すべすべの綺麗な肌に浮き出た、男の子らしいゴツゴツした骨格。カチューシャを頭にさした風貌はまさに王子と呼ぶに相応しい。
「今日は訓練効果測定もかねた一戦だけど、緊張することはないよ。初めてのフリードも一緒になって、みんなで力を合わせて乗り切ろう」
綺麗な宇宙第一共通語がやさしく、歌うように言った。
「おい地球人、俺らの足引っ張るんじゃねぇぞ」
「そうとも。すぐに仲間を裏切って内輪で争い始めるのは地球人のお家芸だからな」
ロンバルド隊の同僚から声が上がる。
自ら既に内輪揉めの火種を撒いている連中の矛盾に苛立ちながらも心を押し隠し、平静を装うフリード。
でも不快は顔に表れていたらしい。
ハルは腕をフリードの肩に回して言った。
「あいつらの言うことは気にするな。きみをいじってからかってるだけだ」
すると隣にいた、白鳥の胸章をつけた銀髪の少年も言った。
「そうそう。僕も最初の頃は似たような洗礼を受けたもんさ。『航空兵が何しにきやがった』・・・て」
彼の名はヒナタ。ふさっとした髪にきりりとした眉の顔は「男の子っぽい少女」的なハンサム少年である。
宇宙連邦軍の主力航空戦力を担うデネブ連邦空軍所属、宇宙戦闘機パイロット。
今後宇宙戦士への航空支援任務も増えると予想されるため、作戦パターンを知ろうと、宇宙戦士の卵に混じって訓練に参加している「聴講生」だ。
年齢はハルと同じで、容姿も小学生高学年といったとこだが、顔と腕の肌色が日焼けして褐色になっているのはきっと、恒星の日光焼けのためだろう。
すらっとした見かけの体格にもかかわらず筋力は強く、白鳥座陸上競技大会において、走り高跳びで優勝したスポーツマンでもある。
陸上パンツの隙間から見える白い布の膨らみを盗撮した、ブリチラ写真が宇宙連邦の裏ネットで数多く出回っているが、本人は気にしていない。
「ああ・・・少尉だって聞いたときは恐れ入ったよ。年は僕らと変わんないのに」
「ま、気楽にやろうよ。僕だってここじゃ後輩だ。宇宙戦士はパイロットになるより難しいらしいし」
ヒナタが体操服の下に着ているのは宇宙戦士のバトルスーツではなく、戦闘機のパイロットスーツである。
機能はバトルスーツとさほど変わらぬが、アスト星人の身につけているバトルスーツの供給する「精力」が身体に合わないためだ。
地球人のフリードもアスト星人用のバトルスーツが合わないから着用しておらず、しかも地球人用に作られたスーツは存在しないため、
体操ズボンの下にトレーニング用のスパッツを履いているだけだ。
二人ともカチューシャは頭に装着していなかった。
今回の対戦相手にあたるクラクトン隊を率いるのは、「殲滅姫」の異名を取る美少女、チェスカ。
背まで伸びた赤毛。色白の上質な肌は上流家庭の令嬢を思わせ、ほんのり膨らみかけの胸が浮かんだ体操服の下に紺のブルマーを履いている。
ハルより2歳年上で、女ながら男勝りの勇ましい気性と卓越した武術を持つが、彼女の新体操はなかなかのものだという評判。
「我らには願ってもないチャンスだ。今日こそサーベスの首を狩り、ロンバルド隊を血祭りにあげておやり。クラクトン隊の名声を勝ち取ろう!」
アスト訛りなアクセントの宇宙第一共通語が力強く言った。
少年少女が互いの陣地で敵と向かい合い、まさに模擬戦闘が始まろうとした、その時ーー。
けたたましい警報サイレンが鳴り響いた。
<緊急事態発生!イーター・プラント2体侵入!各区画隔壁遮断!模擬戦闘訓練を中止し退避せよ>
放送アナウンスと共に、
ハルの背後のシャッターがガシャン!と音を立てて閉まった。
「どこへどう退避しろってんだ!?」
空間を見回すが、天井にあいた明り取り用の窓は金網入りの強化ガラスに覆われ、高い壁面にあいた空調穴は子供が入れるほどの大きさもない。
目を凝らすと、向かいのクラクトン隊側のほうのゲートもシャッターが閉まっていた。
「あれ!」
ヒナタの指差した方向にハルが見たのは、背後のシャッターのわずかな隙間から先端を出した、緑色の細いツタだった。
カチューシャから脳に直接データが流れ込む。
【イーター・プラント ・・・ 花やツルの先に口のある人食い植物】
最初発芽したようだったツタはだんだん増し、まるでアスファルトを破る雑草の如く、驚異的な力でわずかな隙間を徐々に押し広げていく。
「・・・みんな、覚悟はいい? 戦うしかなさそうだ」
押し殺した声でサーベスが皆に言った。
「こんなおもちゃの武器で、どうやって・・・」
「みんなには知らせてなかったけど、緊急時のために隊長権限で、実戦用武器として使えるようになってるのさ」
サーベスが自分のレーザー・ブレードのスイッチを押すと、皆の持つレーザー刀身の色がブルーからイエローに変わった。
そして胸に大きく息を吸い込むと、変声を迎えぬ高い声で精一杯叫んだ。
「チェスカ!休戦しよう!僕らは怪物と戦うから背後を頼んだ!」
殲滅姫も同じように声を張り上げた。
「分かった勝負はお預けだ!武運を祈る!」
背後の通路をどたどたと這い迫ってくる「イーター・プラント」本体の不気味な足音。
「蛸ほど強力ではないはずだが、訓練用のバトルスーツは防御力も弱い。まともに攻撃を食らったらやばいぞ」
と一人がこぼした。
「宇宙連邦軍兵士たる者、どんな状況下においても戦わなきゃならないこともあるだろう。今がそのときさ」
静かに呟いたサーベスの顔つきが変わっていた・・・いや、眼光が変わったのだ。
鋭い瞳で軽く腕を組み、円陣になった隊員一人一人の顔を見回しながら、細い肉体の奥から声を張り上げた。
「いいか、みんなよく聞け!僕が今ここにいるのは、銀河の平和を乱す悪から、千億の人々の平穏な生活を守る盾でありたいからだ。
君らもそうありたいと願い、数万の候補生から選ばれてきたならば、僕に力を貸してほしい!」
すると、ロンバルド隊員全員が声を揃え、
「イエッサー!!」
と叫んだ。
物静かな優等生から、頼もしい勇士となったサーベスがハルに歩み寄った。
「いつもどおりやろう。怖いか、ハル?」
「ううん。一番のきみと一緒に戦って死んだなら後悔はしない」
「そうだ。精一杯戦って、歴史に名を刻もう」
ハルに寄りかかるようにして身を乗り出したのはヒナタだった。
「き、きみは・・・聴講生なのに」
「僕だって宇宙連邦軍の現役軍人だ。一緒に戦うことについて問題ないはずだ。サーベス、きみの指揮下に入る」
「あ、ありかとう。よろしく頼む」
ぎゅっと握手した後、サーベスは申し訳なさげにフリードのほうを向いた。
「こんなことになってしまってすまない。地球人のきみは、機を見て脱出することを許可する」
けれどもフリードは笑って答えた。
「いいえ。僕にもロンバルド隊員として最後まで戦わせてください。サーベス隊長、あなたの指揮下で」
聞いたサーベスは自分より少し背の低いフリードに駆け寄り、両手に触れて目の高さを合わせ言った。
「ありがとう。生きて地球に帰れなかったらあの世で詫びよう。決して君だけを死なせたりするもんか」
軽く抱き合う美しい二人。
皆、不思議と笑顔だった。
イーター・プラントの恐怖の足音が迫っていたにもかかわらず、
少年たちの表情はどことなく、先日開催された体育祭のような、明るい勇気に満ち溢れていた。
この上官についていけば、「自分の死は無駄だった」と悔やまずに済む。
その確信こそが、普段は他のどのチームにも増して品行方正なロンバルド隊を、命知らずな戦士に変えるのだ。
「いくぞ野郎ども!芋づるを引っこ抜いてやれ!」
レーザーナイフを振り上げたハルの声がアリーナにこだますると、正面と左右に展開した少年たちも一斉にナイフを構えた。
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