<フリード 帰路の記憶>


フリードはロンバルド・クラクトンの両隊員に見送られながらタラップを上り、地球行きの超高速シャトルに乗り込んだ。
荷物は多くない。衣類も日用品も全て、アスト大学の寮で支給され、足りない物はなかったから。
小型シャトルは12席のシートがあり、客室にはフリード以外、誰もいなかった。

丸い窓からサーベスやハルの顔を見、手を振ろうとしたとき、スピーカーから聞き覚えのある声が流れてきた。

『間もなく離陸します。着席の上、シートベルトを締めてください』

(この声は・・・)

思い当たって立ち上がり、操縦室のドアを引いた。鍵はロックされてなかった。


「よっ、フリード!」

前方の操縦席に座っていたのはデネブ空軍の少年飛行兵だった。
大人の大男でも座れる、宇宙規格のパイロット・シートに軽い体重を委ね、小さく締まった尻を深く腰掛けている。

「ヒナタ!」


真新しい白鳥マークの、青いレオタード。
細い腰を覆うスカートの中から伸びる長い腿が座面にむっちり、膝までぴったりと収まっていた。
前のパイロット・スーツはイータープラントとの戦闘で使い物にならなくなったはずだから、
きっとまた新しいのが『本国』から送られてきたのか?
しかも二度間違えて女物を・・・


「僕が操縦して地球まで送るよ。送還任務をまかされた」
「なんで・・・」
「ついでさ。僕も聴講期間を切り上げて、帰ることになったんだ」
少尉はにっこり笑って、隣のシートをポンと叩いた。

「一応、きみが逃げ出さないように監視しつつ、確実に地球まで送り届けるように厳命されているんだが、
 ・・・まあ隣に座れや。誰もいないから」

フリードは副操縦士の席にゆったりと座った。
目の前に見たこともない計器が何十と並び、半透明のタッチパネルには銀河の立体映像が映し出されていた。
各地の太陽風、宇宙線の強弱など、通信や航行に影響を与えそうな宇宙天気予報と、様々な航路候補及び所要時間が表示されている。
横の窓を見ると、ついこないだまで共に過ごした仲間たちが皆、手を振っていた。
ハルが目に涙を浮かべ、何やら懸命に叫んでいるのが見えたが、シャトルの機内では何も聞こえなかった。

「じゃ・・・発進するね」

幼い機長は座席をやや前へスライドさせると、ゆっくりスロットルを開けて操縦桿を引いた。
すると同時にスキージャンプ型滑走路に仕込まれたカタパルトが作動し、シャトルは猛加速で星空へ舞い上がった。


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大気圏を抜けると、身体がふわふわして上下の感覚がなくなった。
シャトルはそのまま、物凄い速度で暗闇の中を滑っていく。

ヒナタの肩から緊張がほぐれた様子を確認してから、フリードが話しかけた。

「もう帰っちゃうなんて・・・まさか寮をこっそり抜け出して、バーへお酒を飲みに行ってたことがばれたとか?」
「・・・いや、それは違う」

美少年の澄んだ瞳が曇った。デネブ惑星連合ではしばらく静かだった、反体制独立派との内戦が再発、激化しつつあった。
ヒナタも過激派のアジト空爆作戦に参加するパイロットの一人に選ばれたというわけだ。

「『奴ら』は捕虜や民間人を盾に使う。・・・この手で爆弾を落とすんだぜ? いくら精密誘導弾が正確でも、
巻き添えになる人も居るかもしれない。かつての仲間や、女の人や子供も殺すってことさ」

諦めたように寂しく微笑を浮かべるヒナタの横顔。

「僕は平和を守るために空軍パイロットになった。でも、これでよかったんだろうか?」

これから行おうとする任務はきっと、正義なのだろう。
特にテロの巻き添えになり母を亡くしたヒナタには、仇討ちという意味合いもあった。
でも・・・新たな憎悪を生むってことでもあるのだ。

「へへっ、ごめんな? 命令で動く一兵士がこんなこと考えちゃ、いけねぇんだよな」
「ヒナタ・・・」


窓に見るアスト星はもう、だんだん背後に小さくなりつつあった。
そのとき、計器のアラームが鳴った。



<巨大飛行物体、右前方より接近中>



モニターを覗き込むフリード。

「わあ・・・デカイ!いいい、隕石か!?」
「ようく見てごらん?あと30秒で交差する」

ヒナタはシャトルのスピードをゆるめ、ほぼ静止した。
無音で、無数の白い点が接近してくるのが見えた。
流星群?・・・いや、違う!

星星の光を遮る長細い巨大な物体と、そこから放たれる白や赤の光。

「まさか・・・」


『アルタイル宇宙軍 外洋海軍第4艦隊旗艦 サザンクロス』


モニターに情報が表示された。


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全長6,776メートル 最大全幅1,031メートル
主力兵装:反物質レーザー砲『スターランス』2門 近距離対艦レーザー砲26門
動力:核融合エンジン5基 磁力スタビライザー14基
乗員:約19,000名
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一つの角だけ細長く尖った、歪な菱形を膨らませたような、直線基調のデザインの艦体。
鋭く尖った角・・・艦首の前面には反物質レーザー発射口の収納されたハッチがあり、なだらかに盛り上がった艦上部の中央後方には、
T字形のブリッジが、傾斜して突き出ている。

「スターランスを2門同時にぶっ放せば1個艦隊壊滅。周囲の小惑星も何個か、巻き添えに粉々に砕け散るって言われてる。
銀河大戦中に作られた、宇宙連邦軍の擁する最大級の戦艦さ。補給に立ち寄るらしい」

少年は皆、人間の手で作り上げた巨大な機械に憧れをもつ。
フリードは近づいてくる巨大な人工物を、言葉もなく食い入るように見つめていた。

「敵には、回したくないね」
「大丈夫さ。アルタイルとデネブは三角同盟を結んでる友好国だからね」

いや・・・アレが攻めて来たら地球は危険だろう。


「戯れにちょっと、遊んでみるかい?」


ヒナタがスロットルを開けると、再びシャトルは猛加速した。

「どわああああっ!」

いきなりすぎたものだから、後ろのめりになるフリード。
少尉の手は操縦桿を引き、右旋回。向かう先は「サザンクロス」の針路真正面だ。

「ぶつかるっ、ぶつかる!!」
「大丈夫、僕の腕を信じて」

涼しい顔のヒナタ。
シャトルは「サザンクロス」の艦首をかすめて左旋回。
外側の縁へ傾斜した甲板の上を舐めるように、わずか数メートルというスレスレの距離で飛んでいく。
収納された可動式砲塔の頭、アンテナなど、突き出た凹凸物をギリギリでかわすたび、
機体は左右へ小刻みに揺れた。

「どっうっわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「ヒャッホーーーーイ!」

左腕の拳を振り上げる少尉。

「ちょっ、かすったらどうすんのさぁ〜〜〜〜〜〜うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

息つく間もなく、上部に突き出たブリッジが眼前に現れる。

「ぎゃあ!ぶつかる!!!」

頭を伏せる余裕もなく激突するコンマ数秒前、あわてて直角に急上昇。

「ねえフリード!いまの見た!?艦長のおっさんのマヌケ顔!ははははははは」
「ったく、きみはどんだけ目がいいんだよ?こっちは寿命が縮まったぞ」

シャトルは「サザンクロス」後方へと抜けていく。
脱力したフリードの若い顔を、宇宙戦艦のテールから吹き出る猛烈な5本の光が照らす。
それは燃える太陽だった。この戦艦には小さな太陽が5個、横一列に並んで納まっていたのだ。

(目が悪くなりそう・・・)


「サザンクロス」に続いて現れた、随行する巡洋艦、フリゲート艦を見送ると、
再びシャトルは自動操縦に切り替わった。あとは航路通り地球を目指すだけだ。

シャトルはいくつものワームホールを潜り抜け、ワープを繰り返した。
途中、補給に2,3の星に立ち寄ったが、宇宙を航行している間は星空を眺める以外にない。
ふたりは地球に辿りつくまでの長い時間、飽きもせず語り合った。
宇宙連邦で流行の音楽。どの星の女がかわいいか。星座ごとの名産品。

やがて話題は大宇宙の起源と摂理に移った。
あまりに暇だったものだから、敢えて結論の出ない話題を選んだのかも知れぬ。

世界に終わりはあるのか。いのちとは何か。そして・・・人間の幸せとは何なのか。




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