(まずいわよ新斗、何事もなかったかのように番組の収録、再開しちゃうみたいよ)

「生中継じゃないから、編集でどうにでもなるんじゃないの?」

(いや、そういう意味じゃなくって。綾太がいなくなったら番組が成り立たないじゃないの)

「あっ、そうだ。じゃあ早く兄貴を連れ戻さないと!」

(間に合わないわよ)

「じゃあどうすればいい?」

(う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん)




7秒ほど考えた腕輪が答えた。

(・・・ここにいるじゃないの、もう一人の都築綾太が)

「・・・え? それってまさか」

(君ならきっと、できるわ。だってそっくりなんだもん。つらいだろうけど、1時間だけがんばってあげて。
お兄さんが帰ってきた時のために。 あたしもフォローするから)

腕輪の案内で、トラックのコンテナに入ると綾太の服が落ちていた。
新斗は変身解除して素っ裸になると、綾太の服を着ようとした。
母がどちらの服だったかしょっちゅう間違えるぐらい体格差のない兄弟である。サイズの問題はない。

「ねえ、パンツが見つからないんだけど」

(つべこべ言わない)

「ノーパンかよ・・・もう〜〜〜〜〜」

全ての服を着ると、そこにはほんのり日焼けした都築綾太が立っていた。

(完璧ね。)


ステージ上では、スタッフと小圷優子の緊急打ち合わせで、
仕方ないから綾太抜きで続けようか、と決まりかけていた。

そのとき。ワイヤレスマイクを持ち、走ってくる都築綾太。

「小圷さーーーーん、ごめんなさい!」

優子の顔が華やいだ。

「あらー綾太くん、トイレにでも行ってたの?」

「消えた10番さんを追いかけてったら、戻れなくなっちゃって・・・」

笑いの上がる観客席。

(いいわよぉ、新斗!)

「あらー、それはご苦労様でした。月から無事戻ってきたところで公開収録を再開しまーす」

「では11番さん、どうぞ」

どうやら兄弟が入れ替わったことは、優子も気がつかないようだ。
優子との打ち合わせを知らなかったため、進行でやや危なっかしい場面もあったが、
優子のアドリブと腕輪のフォローでなんとか乗りきることができた。




公開収録イベントは無事に終了した。

「お疲れ様でしたー」と小圷優子が駆け寄ってきた。

「綾太君、体調悪かったんだね。大丈夫?」

「え・・・」

「収録中にトイレ行っちゃうし、なんかいつもより声がハスキーっぽいし、顔色も違うみたい」

「ああ・・・すみません。昨夜、熱を出しまして。今は平気です」

うっとり新斗の頭を撫で、隣に腰かける。

「それは大変。終わったら早く家へ帰って寝るといいわ。あと、今日の綾太君、とっても初々しくて新鮮だったよ?
まるで最初の収録の頃みたいな・・・たまにはいいわね、こういう感じ」

いや・・・僕はもう二度と御免だ。

ともあれ新斗の影武者としての仕事は、上々の成果を上げたのだった。





帰路につくと、急に現実が戻ってきた。
祭りの市街から帰ってきたとおぼしき、小さな子供達や家族連れとすれ違う薄暗い道を、とぼとぼと一人で歩く新斗。
もう完全に足の痛みは取れていた。
「僕・・・兄貴を救うことができなかったんだね・・・」

(まだ死んだわけじゃないんだから・・・ごめんね、あたしがついていながら)

立ち止まる新斗。

「いや、僕のせいさ・・・。あの晩、君の声が聞こえないかって言ったとき、信じてあげていれば・・・!
 俺がもっと兄貴のこと、気遣ってやってれば・・・兄貴ひとりに負担をかけずに済んだのに!」

グスンと涙を拭う新斗。

(きっと新斗が望んでも腕輪(あたし)を渡さなかったと思うよ?綾太っていうのはそういう子だわ)


家に帰ると、父と母が帰宅していた。

「あら綾太、お帰りなさい。新ちゃん、どこへ行っちゃったか・・・知らないわよねえ?」

「あの・・・実は・・・僕、新斗だよ」


新斗は両親に、綾太が兜童子であったことを伝えた。
もちろん綾太が犯されたこと、裸で吊されたこと、変身の内側がどうなっているかなど、本当のことを全部言うわけにはいかないが、
戦いの末敗北し、悪魔に連れ去られたことなど、腕輪が「話しても良い」と判断した情報を語った。
最初は半信半疑だったが、これ以上納得性のある説明はありようがなかった。

「兄貴はまだ生きてる。絶対、僕が連れ戻すから」

「新ちゃんの言っていることが本当だったとしましょう。けど、もし新ちゃんが悪魔に勝てなかったら、二人とも悪魔に殺されちゃうわけ?」

泣き崩れる母。

「でもね、悪魔を倒して兄貴を救いだせるのも僕しかいないんだよ?」

綾太と同じ瞳が母を見つめた。


椅子の背にもたれかかり、眼を閉じながら腕組し、黙って聞いていた父がようやく口を開いた。

「信じてあげようじゃないか、二人を」

「あなた・・・」

「新斗、気をつけて。綾太を迎えに行ってあげなさい」

「お父さん・・・」


「お母さん、この子たちも私たちが知らない間に、大きくなったね」

穏やかな顔をした父はその巨体で、新斗のスレンダーな身体を優しく抱擁した。







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