その晩、新斗は兄のベッドで寝た。
布団の中で色んな思いが交錯し、心が昂ぶって眠れない新斗。
ふと、鬼の腕輪に訊ねた。
「ねえ、気になってたんだけど」
(なぁに?)
「どうして僕たちを選んだの?」
間をおいて腕輪が答えた。
(それはね・・・、ずっと前から決まってたの。君たちを最初に見た頃からよ)
「えっ・・・」
(綾太、新斗とあたしは、5年前に一度、会ってる)
鬼の腕輪は1000年前、悪魔が最初に災いをもたらしたとき、悪魔と戦い、人々を救う戦士を生むための神器として作られた。
最初の戦いが終わってからも、現在のT市北西の山中にある小さな社に「守り神」として祭られ、
悪魔が復活するたびに戦士を誕生させてきた。
毎年秋になると、今のT市近郊の村で6〜12歳ぐらいの男の子が、褌姿で「守り神」の前で踊る儀式が行われてきた。
儀式は表向き、子ども達の健やかな成長と幸せを祈願する祭りであったが、もう一つ、
悪魔が復活したとき「兜童子」となる「適格者」を、鬼の腕輪が探すという目的もあったのだ。
それは江戸時代初期の頃まで行われてきた、毎年生贄として一人ずつ、村の美少年を差し出すという儀式に代わって考案されたものであった。
「なんで褌なんだよ?」
(セクシーだし、おち◎ちんの姿までクッキリ浮き出て、わかりやすいじゃないの・・・むふふ)
時代は昭和に移り、周辺地域からの住民の流入もあってT市の人口が増えるにつれて、
年に一度の「儀式」の形も変質していき、社会科授業における郷土学習の一環として行われる色合いが濃くなった。
小学1年生の男の子が秋の遠足で、先生に引率されて社まで行き、褌を締めてお参りするという形に落ちついたのである。
「あー、思い出した!そういえば行った記憶がある。あの時は僕が1年生で、2年生の兄貴の学年と合同だったんだ」
(お兄さんの年は台風の土砂崩れで山道が通行止めになって、行き先を変更せざるを得なかったのよね。)
「あの時から、僕たちのことを見てたの?」
(同じ顔をした飛びぬけてかわいい男の子二人が、生腿の褌姿で二人並んであたしの前に跪(ひざまず)いたのよ!
あの光景は不揮発メモリーに焼き付けられて2度と忘れられんわ・・・ぐふふふ)
「げっ、おっさん化してる・・・」
(どっちが綾太で新斗かは分からなかったけど、あの時、君たちしかいないって思ったのは事実。)
「よく家が分かったね」
(カラスに頼んで、追っかけてもらったからね)
だが、当時はバブル時代であった。山を切り崩してリゾート施設を作る計画があった。
(あたしのお宮をぶっ壊したら、ここらの土地を永遠に呪ってやろうと思ったんだけど)
「怖いこといわないでよ」
当時はまだ綾太、新斗の通う小学校の校長をしていた「知恵袋」の老先生が先頭に立って反対運動を行い、計画を白紙撤回させたのだった。
(それはよかったんだけど、綾太の年の2年後あたりを最後に、ぱったりと子供が来なくなっちゃってねぇ〜)
時代の流れには抗(あらが)えなかった。
平成に入ると人々の意識も変化し、遠足の行き先も地味で蜂に刺される危険のある山道ではなく、
より安全で楽しい動物園や行楽施設に移っていったのであった。
「褌は恥ずかしい」とか、「古臭い」という時代意識も後押ししたのかも知れない。
(まあこれも仕方のないことよ。それに、いつまでも・・・もう1000年も・・・悪魔とこんな戦いを続けるわけにもいかないわ。
兜童子も、綾太と新斗の代で最後にしましょ?)
「うん。悪魔は絶対に倒す。兄貴のためにも、T市のみんなのためにも・・・・君のためにもね」
一瞬ポッと赤く光った気がする鬼の腕輪。
(じゃ、じゃあ新斗、今すぐあたしをこすって変身してよ。今夜は甘く切ない約束のエッチを一発・・・)
「だめだよ、エネルギーの源は大事にとっておかないと」
(やぁんっ、新斗のいじわる)
「そのかわり・・・抱き締めてあげる」
新斗は腕輪を外すと、パジャマの胸の中へ入れた。
(新斗の胸、あったかい・・・)
布団の中でうつぶせになる。
「ほら・・・こうすれば」
(綾太の匂いもする・・・)
「あとちょっとで、総てを終わらせてあげるから。今まで大変だったね、君も」
(ありがとう。男の人にこんなに優しくされたの、初めて・・・)
「君には名前はあるのかい?」
(何もかも終わったら、教えてあげる)
「コブラトップ」から流れているのは1993年1月発売、ZARDの「負けないで」であった。
どんなに離れてても、心はそばにいる。
兄貴・・・もう君だけにつらい思いはさせない。
「絶対に悪魔を倒して、兄貴を連れ戻すんだ」
決意とともに、綾太のシーツに顔を埋めた。
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