いろいろあったけど、悔しさをバネにここまできた。




そして小6の秋、ついに今日を迎えた。
新斗がレギュラーとして出場する大きな大会としては、これが最後になる。

その決勝戦。相手は関東でも1、2番を争う強豪チームだ。
スタンドは大勢の観客で埋め尽くされ、割れんばかりの大歓声。
けれどその中には多分、綾太はいない。

内心は兄に、一度でいいからキャプテンとして活躍する自分の試合を見に来て欲しかった。
仕事やレッスンが詰まって、予定が空かないのは知ってるけど・・・。

試合は後半16分を過ぎ、1-1の同点のまま膠着してしていた。
小学生サッカーは20分ハーフで、同点で決着がつかない場合は5分ハーフの延長戦、
サドンデス方式の延長戦で点が入らない場合は、さらにPK戦が行われる。
新斗のポジションはゲームメイカーとして重要度の高いMFである。

前半の早い時間、敵の油断を突いた新斗の速攻で先制点を入れたが、すぐに1点返され、ずっと敵の猛攻が続いている。
以後、何度もこじ開けられそうになりながら何とか1失点のまま抑えているのは、
DFの層の厚い守備型の人員配置と、打たれ強いGK・吉岡の好セーブもあるが、
ボールが敵FWに渡らないよう、巧みに新斗が駆け回っている労によるところが大きい。
だが反転攻勢をしかけるチャンスに恵まれず、敵の攻撃をクリアしていくのが精一杯であり、
皆、体力を使い果たし消耗しきっていた。
勿論、消耗しているのは相手チームも同じだった。
予想外の難敵に阻まれ、追加点を上げられない焦りが顔に表れていた。

「同点を守り切って延長戦にもちこめばチャンスを作れる。みんな頑張れ!」

美少年MF、新斗。白いユニフォーム・パンツの細い腰からは細長くも筋肉質な、幼い戦士の腿が生えている。
膝下まであるソックスに覆われた足首の先には、発育途上な肉体には不釣り合いなほど逞しいシューズが大地を踏みしめていた。
首筋まである長い髪を揺らし、生え際から大粒の汗が舞ってキラキラと輝く。
白いユニフォームは透けんばかりに肌にぴったり貼りつき、じっとり小麦色の腿を伝って汗の垂れ落ちる股間はもう、ヌメヌメだ。
敵の執拗なマークをすばしっこく振り切って食い込み、敵FWへのパスを奪い返す。
新斗は敵陣地の方角を睨むと、その駿足を活かして一気に攻め上がった。
よし、FWの山下がノーマークで上がってる。山下にパスをつなげばダメ押しの一点を・・・。


その時だった。

新斗がパスを繰り出そうとした瞬間、阻止に来た敵MF、7番の足が新斗の左足首を直撃した。
一瞬意識の遠のく新斗。小さな身体が中を舞っている時間は、とても長く感じられた。


あっー・・・


勢いで前のめりに倒れ込む。パンツの中でおち◎ちんが芝生にこすれ、パンツがずり落ちそうになる。
擦り剥いた膝と肘から血が溢れ出す。

ピッ。すぐに審判が駆け寄り、7番にイエロー・カードを出す。

「お・・・おい、都築!大丈夫か」

FWの山下が新斗に駆け寄る。新斗は埃と汗と血にまみれ、左足を抱えて倒れている。


「やい7番、どこ見てプレイしてるんだ!おまえのせいで・・・」

普段は人一倍冷静なMFの富田がキレて、7番に掴みかかりそうになった。

「富田、まて!」

「都築・・・」

腕を大きく振って富田を制した。
まだ立ち上がれない新斗。

「事故はよくあることだよ。仕方ないさ。」

口元が余裕の笑顔を装うが、その瞳には口惜しさが滲んでいる。
富田は時計を見た。17分30秒を過ぎたあたりだ。

仲間たちが新斗のもとへ駆け寄ってきた。
足首から走る激痛に、美しい顔を歪める都築が倒れている。

「俺たち、終わったな!都築抜きで・・・残り2分、何ができる!?」

いつもは勝ち気な竹内が珍しく弱音を吐いた。

「ああ、仮に2分間を無失点で守りきっても、都築のいない延長戦は無理だ」

梅田もあきらめの表情で吐き捨てた。
小5の小岩が、負けを予感し泣き出した。

「先輩の・・・卒業前最後の大会が・・・」

いつも優しく、丁寧に指導してくれた都築。
いじめられたときは、身体を張ってかばってくれた優しい先輩。
有終の美を優勝で飾って、何の心残りもなしに送り出してあげたかった。



「まだ終わったわけじゃない」

山下の肩を借り、細い腰を持ち上げるようにしてようやく、幼い指揮官は立ち上がった。
小岩の手を取ると、その髪をポンと軽く撫でてやった。

「いつまでも泣くな。男だろう?」

絶望に暮れる皆を澄んだ瞳が見回した。
綾太が新斗を見守るときの、穏やかな顔だった。


「おい・・・都築、お前まだ続けるつもりか!?」

「足、痛いんだろう!?」

「ああ、大して痛くない。けど、延長戦まではもたないかも」

本当は左足首がちぎれるぐらい痛くてたまらないんだけど。がまんがまん。

「あと2分しかないんだぞ!?」

「ロスタイムを含めれば5分ある。あと5分だけ、僕に最後の力を貸してくれ」

「都築・・・」

「どうした、みんな? 僕はまだ走れるぞ?」

都築綾太の顔が、不敵な笑みを浮かべた。
それは本物の綾太が唯一、できない顔であった。

「ラストチャンスだ!もう一回、頑張ってみようぜ!」

「おう!」

新斗に呼応するかのように、イレブンの顔つきが再び、戦士に変わった。
小岩も涙を拭うと、精悍な形相でポジションに走り戻った。

「さあみんな、僕に続け!」



僕の左足、あと5分だけもってくれ・・・!





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