ロスタイムに突入、残り1分。
疲れた敵のこぼれ玉を命がけで奪いに行く。
撥ねるボールを、ふさあっと長い髪を揺らしながら軽くジャンプし胸で受け止める。
新斗の右足から山下に気迫のパス。もはや左足は限界をとうに超えていた。
「山下!あとは君に託したー!」
新斗はそのまま力尽き俯せに倒れ込んだ。
山下はマークを振りきり、オフサイドラインスレスレのところでボールを待っていた。
傷ついた指揮官を信じながら。
「都築!お前の気持ち、受け取ったぜーーー!」
ストライカー・山下が渾身のシュートを決め、ゴールネットを揺らした。
ここで試合終了のホイッスルが鳴った。
2-1で強豪を下し、新斗のチームが優勝した。
左足を押さえへたり込んだ幼い英雄に抱きつく仲間達。
「都築・・・お前、最高だよ!」
「もう、君みたいな奴と一緒に試合できることは2度とないだろう」
あまりの感激に涙が溢れて、本能が抱き合わずにはいられなかった。
キャプテンの体臭・・・いい香りがする。まだ息は荒く、トクットクットクッ・・・と脈打つ鼓動も早い。
「こらこら、ゴールを決めたのは山下だぞ?僕だけじゃない、みんなで勝ち取った・・・
あ・・・こら。きゃんっ、どこ触ってる!もう〜」
「よく戦った 見事だったよ」
敵の将、清水がユニホーム交換を求めてきた。おそらくは現在、日本一の小学生サッカープレーヤーである。
新斗の守りを振り切り、ヘディングシュートで1点を見舞ったのは清水だった。
「都築新斗。君みたいなキャプテンのいるチームと試合できたことを光栄に思う」
「こちらこそ。中学に行っても、またどこかのグラウンドで会おう」
手を取り、軽く抱擁した。
清水は新斗のユニホームを受け取ると、女の子じゃないよね?と、新斗の顔と締まった胸を念入りに確認した。
清水のユニホームを着て、富田に肩を借りながらグラウンドを後にする。
スタンドを埋め尽くす観客からは「都築」コールが起こった。
新斗は八重歯を見せはにかみながら、人差し指と中指で指鉄砲をつくった右手を天に突き上げるポーズで大歓声に応えると、また一層沸き立った。
(調子に乗って、ついやってしまった)
心中で少し後悔する新斗。
これは綾太が鉄道会社のCMで使ったポーズだったのだ。
医務室へ運ばれた新斗。
医師の診察により、左足首の捻挫と診断された。
「骨、折れてなくて良かった・・」
「馬鹿もん!下手したら二度と歩けなくなっていたかも知れないんだぞ!?無茶もほどほどに・・・」
医師から大目玉を食らう新斗。
「あーー、おっさんのダミ声のほうがよっぽど足に響くよ」
マネージャーに付き添われながらベッドで横になっていると、ドアが開いた。
「新斗、お疲れ様。いい・・・試合だったね。見させてもらったよ」
父と並んで入ってきたのは、綾太だった。
「よう兄貴ー。・・・って、今日は仕事じゃなかったの!?」
「うん・・・それでも来たんだ。今日だけは来ないと。一生後悔すると思ったから。
ごめんね。本当はもっと、きてあげたかったんだけど。・・・足、大丈夫?」
心ならず熱いものがこみ上げてきて、涙を瞳に溜める新斗。
ここで泣いてはダメだと思って誤魔化す。
ふと綾太の細い左腕を見ると、今日も銀のリストバンドがかかっているのが見えた。
新斗はさらっと言った。
「それ、今日もつけてるの?足が痛くなくなるおまじないに使える?」
表彰式。
松葉杖をつきながら、表彰台に上がる新斗。
優勝カップを受け取り、掲げると、観客のみならず他チームの選手からも惜しみない拍手が起こった。
もう、「都築綾太の弟の」だなんて言わせない。
今日という一日は優勝した感慨と共に、末永く新斗の心に輝き続けることだろう。
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