その日の夜。
市内の中華料理店2階で、チームメイトと保護者、チームの世話役も同伴し、「反省会」と称する打ち上げパーティーが開催された。
子供含め40人ほどの宴席で、病院に寄った新斗が綾太と父に付き添われ、遅れて入ってくると、拍手と歓声が起こった。
テーブルの円い回転台には皿盛りの中華料理と、早くも栓を抜いたビール瓶、ジュースのグラスなどが並んでいる。
大人はどうしていつも、合法的に酒盛りのできるきっかけを探しているものなのだろう?
綾太も保護者兼スペシャルゲストという立場で参加し花を添えたが、今夜の主役はチームを優勝に導いた新斗だった。
監督に請われ綾太の音頭で一同、乾杯。(もう既に飲んで出来上がっている大人も数名ほどいたけど)
綾太は好物「はちみつレモン」のグラスを掲げた。
並んだ新斗のグラスには白い液体・・・「カルピスウォーター」の類似品、コカ・コーラが発売した「アンバサ」・・・が注がれている。
宴席が試合や練習の思い出で盛り上がる中、今日の綾太は聞き役だ。
たまに家庭での新斗についてコメントを求められると、事実を曲げない程度にぼかして答える。
(ちょっと、綾太? お父さん真っ赤だけどいいのかしら?)
綾太の脳に直接、鬼の腕輪が話しかけてくる。
英雄の父親ということで、しこたま飲まされている父。
あれは紹興酒・・・うわっ、大変だ!
決して酒が強いほうではないのだが、アルコール・ハラスメントという概念のなかった時代である。
父の物腰が低く控え目な性格は日ごろ兄弟にとっては随分とプラスに働いているが、
逆にこういう場面で上手く断れないということでもある。
「ちょっと新斗、あれ・・・」
チームメイトと想い出話に花を咲かせる新斗の肩を叩く綾太。
「うっわー、絶対に二日酔いだな」
酔っ払った山下母に春巻きを「はいお口開けて? あーん」させられている父。
「兄貴、この場に母さんがいなくてよかったな」
「うん・・・酔ったときの小圷(こあくつ)さんみたいだ」
兄弟の視線に気付く山下母。
豊満な巨体。大仏ヘアーにケバい化粧が剥げかけて怪物のような顔になっている。
小圷優子と比較しては失礼だろう。さしあたり悪魔の奥方か?・・・いるとすれば
(うわぁ・・・こっちに来るぜ)
困った瞳で会話する二人。
(適当にあしらって、なるべく早く消えてもらおう)
並んで座る兄弟の間に割り込んでくる山下母。
「いつもうちの駿(しゅん)がお世話になってー」
酒と香水で異常な臭気を放つ巨乳の化け物は、兄弟を抱き寄せるように、小さな肩に手をまわす。
「今日は格好良かったわねー。最後にゴールを決めたのは駿だけど、ナイスパスだったわ」
他愛のない話しをしながらも、両手がそれぞれの胸やフトモモ、細い腰、小さなお尻など感触をしっかり楽しんでいる。
その手つきのいやらしさにゾクゾクと悪寒がする。さすがに相手が化け物と分かっていては勃起するわけにはいかない。
化け物は夢のような酔い心地の中で一人女王様になって、美少年ハーレムを楽しんでいるに違いないのだ。
(兄貴・・・これ、『酒池肉林』?)
(いや、それはたぶん使い方を間違っていると思う)
(畜生・・・気持ちわるい・・・)
(耐えろ・・・今は耐えるんだ、新斗。逃げ出したい気持ちは分かる。けど今、大声を上げたら全てが終わる)
ひゃうっ! 声には出さないが、びくんっと身体が反応する。
化け物の触手が兄弟の敏感な割れ目に達した。後ろのほうから玉スジに指が伸びる。
さすがに前から直接おち◎ちんに触れるとまずいと思ったのだろうか。
仮に兄弟が騒いでも、「酒の席での悪ふざけ」で済むという計算が働いているに違いない。
以後兄弟から疎外されるリスクより、化け物は、今ここにある欲望の果実を選んだのだ。
(くそうっ・・・兄貴、もうだめだ)
(戦っているのは君だけじゃない。僕がついてる)
「ねーえ、チューして、いい?」
べっとり口紅に覆われたパックンフラワーのような唇が、「どっちが先かしら?」と迷ってる。
新斗が悲壮な眼差しで、兄に最後の無線信号を送る。
(兄貴、僕がオトリになる。兄貴の顔に傷をつけることはない。今までありがとう。楽しかった)
(だめだ、僕ももう捕まってしまって逃げられない。おそらく君を食べたあと、僕を・・・)
(ね〜え、何を二人でヒソヒソやってんの?)
二人の瞳同士の会話に鬼の腕輪が割り込んできたその時、マイクを持った監督の声が会場に響いた。
「宴たけなわではございますが、そろそろお開きにしたいと思います。
当サッカーチームのますますの発展と皆さんの健康と幸せを願って、三本締めで・・・皆さんご起立願います」
ふーう、助かった。
「残念ね。また今度」
怪物は巨体を揺らしながら、投げキッスして去っていった。
(僕はもう小学生サッカー卒業だから、今度はないんだけどね)
真っ赤な顔の父は助手席で寝ている。
丸い父には、この車のシートが小さく見える。
母の運転するシーマの車中は、酒の臭いが充満している。
後部座席に並んで座る二人。
新斗が口を開いた。
「兄貴、今日ぼく、みんなに隠し事をした。試合最後の5分だけ」
「足のことかい?」
「うん。無理をしてもがんばらなきゃいけない時があるってことに気付いた」
二人は手を握った。
それからしばらく試合のことを取り留めなく話していたが、いつしか後部座席から話声が聞こえなくなった。
母がルームミラーを覗くと、同じ美しい顔がお互いもたれかかるようにして寝息を立てていた。
ふふっ、今日はお疲れ様。新(しん)ちゃん・・・。
夢見る兄弟を乗せた高級車はセピア色の忘れられない記憶と共に、
満天の星空の下を流星のように駆け抜けて行った。
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