10月最後の土曜日。

今日は、T市民文化祭の日だ。
その催しの一環として、街中心部の公園に特設された野外ステージから、ローカルTV局主催の公開収録イベントがある。
内容はアマチュアの隠し芸大会で、人気1の局アナ、小圷優子(こあくつ ゆうこ)と都築綾太の二人で司会進行する。
県外参加者も含め、予選を勝ち抜いた20組が自慢の芸を披露するというもので、
午後1時半から4時半までの、連続3時間に及ぶ収録は綾太も初めてだ。
収録内容は編集され、後日放映される予定になっていた。

隠し芸という地味かつ安上がりなテーマにもかかわらず、観覧席は午後1時の段階で超満員になっていた。
明らかに普段、隠し芸とは縁がなさそうな若い女性や、望遠レンズのカメラを構えたオタク系男性など、
美人女子アナの優子と、ハンサム子役タレントの綾太目当てで来ているとおぼしき観客が殆どを占めている。
局側のあざとい読みは当たったのである。


「イベントのカメラ撮影、録画、録音等は禁止させていただきます」
というアナウンスが流れると、悔しそうにカメラを隠すオタク達。
かけがえのない一瞬一瞬の光景を永遠に切り取るため、撮影するという行為自体を楽しむカメラ小僧はどことなく、
稀少品を集めること自体に喜びを見出すコレクターの心理に似ていると思う。
それは獲物の一瞬の隙を狙い、弾丸を撃ち込む『射的』にも似た興奮とも相まって一層熱を帯びていく。
ステージ上の都築綾太と小圷優子はまさに射的の的であり、わずかな気の緩みが命取りとなる。



「綾太君、打ち合わせどおりよろしくね」

「はい。こちらこそ」


【本番5秒前。4・3・2・】


音楽とともにステージ袖から小圷と綾太が登場すると、観客席の前のほうに立ったスタッフが拍手の合図を送る。
それに合わせ盛んに拍手を送る観客。いよいよイベントがスタートした。

隠し芸大会の景品は、1位が海外旅行、2位がケンウッドのオムニトップスピーカー搭載コンポ「アローラ」、3位がスーパーファミコンであった。

収録は順調に進み、優子の饒舌なトークと、綾太のはきはきした受け答えで進行された。
おおむね台本通りだが、たまにアドリブで打ち合わせにない質問をふっ掛ける優子。
たじろぐ綾太を巧みにフォローし、観客を笑わせる。
まるで優子自身が綾太をいじるのを楽しみ、それに観客が共感しているかのように。



1時間ほど経過して9組目が終わり、10組目、ベージュ色の帽子とトレンチコートの男が姿を現した。

あれ?このおじさん、どこかで見たことがあるような?
不惑過ぎっぽい男の顔を、それとなく覗き込む。
何ですかな?とギラついた視線を向けると、かすかに口元がニヤリと笑った。

「今日はどんなことを披露してくれるんですか?」

優子がマイクを向ける。

「あなたの夢をかなえてお見せしましょう」

男は低く響くダンディな声で答えると、いきなり指の中から白い鳩を出現させた。
鳩はキラキラと輝きながらステージの上空を2回転ほど旋回した後、小圷の顔の前でパタパタと羽根を羽ばたかせ、すうっと消え去った。

優子と綾太目当てで来て、芸にはしらけきった視線を送っていた会場が一転、どよめく。

「おーーっと、これは凄いですね!ビックリしちゃいましたぁ〜!」

カメラの前ではいつも冷静な優子が珍しく、綾太にコメントを振るのも忘れ、心の底からはしゃいでいる様子。


「では次の芸です。次はお客さんにも協力願いたい・・・そこの坊や、どうかな?」


母親に連れられた小さな男の子には見覚えがあった。
綾太が兜童子として初めて悪魔と戦ったとき、炎上するクレスタから間一髪で救い出した少年だったのである。


「では、そこに立って」


男と少年が向かい合った。


男は懐からナイフを取り出すと、少年に向けて投げた。

危ない!

ナイフが少年の腹部に突き刺さった瞬間、少年は赤いペンキになって周囲に飛び散った。

きゃああああぁぁぁぁぁぁぁあぁぁ!!!

観客席から悲鳴が上がる。
優子もとっさに綾太の後ろに隠れる。



「なんてことを・・・」

顔をしかめ、赤いペンキの水たまりを見つめる綾太。


男の顔がみるみる変貌し、身長が伸びていく。やはりこいつ、悪魔だ!
スタッフが男を取り押さえようとするが、簡単に跳ね飛ばされてしまう。


男がゆっくりと、綾太と優子に向かって歩を進める。


「綾太くん!助けて!」

けばいマニキュアの腕が綾太の細い腰に掴まっていた。
小圷さん、離してくださいっ。僕だって恐いですよ!?

「小圷さん、僕と逃げましょうよ、とりあえず」

二人は騒然としている舞台脇を駆け抜け、イベント資材を積んだトラックのコンテナに身を隠した。
男はなおステージ上で照明を落下させたり、化粧板を破壊したりしている様子だ。
大きな音がするたび、観客席から悲鳴が上がっている。


このままじゃまた死人が出る。やはり、僕が出て戦うしかなさそうだな。
くそっ、よりによってこんな日に!


綾太は優子に、子供をあやすように微笑んだ。

「じゃ、小圷さんはここにいて下さい。僕は行かなきゃなりませんから」

「綾太くん、こんな危険な時にどこへ行くの? 置いてかないで・・・」

綾太を抱き寄せる優子。きつい香水の匂いが充満し、鼻がおかしくなりそうだ。

「僕は・・・」

言いかけて口を噤む。
腕を強く握って離さない優子。明らかに怯え、ガクガク震えていた。


このさい仕方ないか。本当は知られたくなかったんだけど。他に変身できそうな場所もなさそうだし。

(ここでいいだろ?)

鬼の腕輪に話しかける。

(ええ、やむを得ないわね)

綾太は意を決すると、穏やかな表情で、澄んだ瞳を優子に向けた。

「小圷さん。今から僕がすることは、見なかったことにしてください。」

綾太は優子の見つめる前で、服を脱ぎ始めた。
シャツを脱ぐと若い胸肉の上に、桜色の突起が二つ。
ブリーフ・パンツを下ろすと締まった腹部の下に、発毛していない形良い包茎性器が姿を現した。


「これが・・・綾太君・・・なのね」


思わず抱きしめたくなる衝動を抑えつつ、発育途上の少年の美しさに唾を飲む優子。
クジャクはメスよりオスのほうが美しいが、人間も実は、女の子より男の子のほうが美しいのではないだろうか?


綾太は服を脱ぎ終えると、リストバンドを数回こすった。

(やったー、都築君の身体、久しぶりぃ〜)

リストバンドから溶け出すように、赤紫色の膜が白い肢体を包んでいく。
ヘルメットの両耳から突き出たアンテナ状の突起。背中から生える2枚の白い羽根・・・。

優子の目の前で繰り広げられている光景は、にわかに信じがたい物だった。

日頃、テレビの中で兜童子のニュース原稿を読んでいる小圷優子。
体格は似ていると思ったけど、まさかそれが、同僚同然に顔を合わせていた綾太だったなんて!
今は最早、悪魔と勇敢に戦う兜童子が、愛らしい大好きな綾太だった現実を受け容れざるを得ないのだ。

信じ難い変身が終わると、ヘルメットの口元だけ素肌の覗く綾太が向き直った。

「小圷さん。お元気で!」

1年半の間、一緒に番組を創ってきた共演者に別れを告げる。
今日は悪魔を倒すか、悪魔に殺されるかのどちらかだろう。
当然のように訪れていた夕方6時40分は、もう永遠に来ないかも知れないのだ。

「ああっ・・・待って・・・」

手を伸ばし呼び止める小圷優子に振り返りもせず、綾太はコンテナの外へ飛び出して行った。

「綾太君・・・」

優子は床に残された、いまだ綾太の匂いとぬくもりの残る衣服を抱きしめると、落ちていたブリーフ・パンツを自分のポケットに隠した。




Back
Next
Menu