【3】
「長い小便だったな」
わたしがゆっくり少年に近づいたとき、数メートル手前で声がした。
びくっとする。起きていたなんて。
「ミーシャ。包帯を替えてやるから起きろ」
「さっき替えたばかりだろう?」
「向こうに横転した車があってね。運転手は死んでいたが、トランクにいい薬が入ってたのさ」
少年はむくっと起き上がると、あぐらをかいて腕を黙って突き出した。
するすると包帯を外し、白い軟膏を指に取る。
これがもし毒薬だったら、苦しむのだろうか?
でもシルビアの命がかかっているのだ。背に腹は替えられなかった。
心の中で『ごめんよっ!』と叫びながら、傷口に擦り込むように塗り始めた。
ひとぬり。ふたぬり。
命を助けられて五日間、歩いた仲間。
強く、美しく、そして賢い。
『この子なら荒れた世界に秩序をもたらしてくれるのでは』と、勝手に夢をみたこともあった。
ひとぬり。ふたぬり。
引き締まった脇腹。つるっとしたおしり。
思春期を迎える頃の少年の美しさにときめきを感じたこともあった。
腕の包帯を巻き終えたとき、あまりにうまくいったので拍子抜けした。
すると急にストレスから開放されて、出来心が芽生えてきたのだ。
彼の余命はどうせあと数時間なのだから、少し我侭をしても、以後疎外されることを恐れなくて済む。
なに、乱暴はしない…。
わたしはミーシャの肩を抱き、そのまま細身の身体を押し倒した。
「…ッ…」
爽やかな香水のような香りと、革の臭いと、ツーンと少し鼻を突く体臭とが入り乱れた空気が鼻腔を満たす。
ずっと風呂に入ってないのだから、わたしだって同じ臭いがするはずだ。
「なんだおっさん、いきなりっ!」
「結婚相手にどうかと思ってね」
「おっさんの娘ならお断りだ。あんたの顔を見ればだいたいどんなのか想像つく」
「いや…わたしのだよ!」
「ンッ…!!!」
口をキスで塞いだ。わたしの左手は髪を撫で、右手が少年の尻を、腿を撫で回す。
ああっ…なんて滑らかで柔らかくて、しなやかな肉なんだっ…
絡む舌。わたしの作ったスープの味が残るほか、すーっと歯磨きドロップの香りがした。
「ミーシャ…きみはなんでそんな格好をしているのだ」
「…裸に近いほうが動きやすいからさ。戦闘着としてね」
「いや…きみはまだ、自分の美しさに気づいていないのだ!」
わたしは一層きつく抱きしめたが、なぜかミーシャは抵抗しなかった。
むしろ欲望を受け止めるかのように、革の手枷の巻かれた細い両手首はわたしの背中に回っていた。
若き心臓の脈動が、革がずれて乳首のはだけた胸から伝わってくる。
塗ったのが毒なら、そろそろ小さな救世主の全身を蝕む頃だと思った。
ぎゅっとしたまま何十秒か経ったときだった。
突然、わたしの身体を凄い力で横に回転させる。
こんどはミーシャが上になった。
「なッ…」
「おっさん!あぶないっ!」
少年の背を目がけて飛んできたクロスボウの矢を寸前のところで振り返り、左手が受け止めた。
続いてやや低く、ミーシャの腹あたり目がけ飛んできた矢を足が叩き落とす。
「伏せろ!」
わたしは頭を抱えて地べたに這いつくばる。
四方から飛んでくる無数の矢を避け、払いのけ、頭上で舞い踊る若き勇者の肢体。
「お前ら〜〜!」
周囲は完全に囲まれているようだ。
ミーシャの足が射手のほうへ駆け、腕が独特の拳法でなぎ倒す。
シルビアと同い年ぐらいの少年がナイフを手に、大人の男たちを引き裂いていくのだ。
返り血で白く美しい肌が赤く染まり、月光に照らし出されている光景は妖しく、そして怖い。
少年拳士はいつものようにピンピンして戦っていた。
なんだ、あの薬は毒ではなかったのか?
自分が殺人者にならずホッとするのと、嵌められたかのような落胆と、どさくさ紛れにやってしまった行為に対する後悔と。
「はぁっ…はぁっ……テヤーーーーーー!!」
星空に響き渡るボーイアルト。
この子と出会ってから何度もその戦いぶりを見たが、格闘にはまさに天性とも言うべきセンスがあった。
何もかも知ってて、思い出したように技を繰り出す。プラトンの言う『生得の知識』とでもいうべきか。
取り囲む十数人もの黒装束は刀やボウ、銃を使い分けたが、ミーシャは素手か、ナイフなどわずかな武器で立ち向かった。
自分の背をボウで狙わせ、矢が突き刺さる瞬間に跳躍する。すると別の斬りかかって来た者に命中する。
またある時は、ミーシャに振り下ろされたはずの刃が、別の黒装束の首を斬り飛ばす…。
あたかも背中にも目があるかのような動き。戦場を自在に操れるような。
1対1でも、自分より遥かに大きな大男でも、平型手裏剣を正確に急所に打ち込むことで倒した。
美しく舞うたび音楽のように響く、チャラチャラと金具のこすれる音。
ところが、八人目を殺したあたりから異変が起きた。
息が荒く汗が滴り落ち、ベルトからこぼれたおっぱいがキュンと立ち上がっている。顔が火照ってきているのが分かった。
なんだミーシャ、急に体調が悪くなったか?
「あっ…アアッ……んっ…」
そのとき、わたしは目を張った…腰を覆う貞操帯みたいなプロテクターが、少し浮き上がっていたのだ。
自分めがけて襲い掛かる男どもに懸命に抵抗するミーシャ。
腰が動き、腿肉が揺れるたびに「アッ…」と何かを感じるような、切ない声を出す顔。
いつもの彫刻のように整った無表情が、だんだん悩ましい美少女の顔に変わっていく。
「てやぁっ!」
苦戦しながらも九人目の頚動脈を裂いたとき、10人目の手にした剣がミーシャの脇腹に食らいつこうと迫っていた。
その刃をかわすため腰を大きく捻ったとき、倒れこむ九人目の手が貞操帯のベルトにかかった。
「…ッッ…」
まるでパンツを引き摺り下ろされるような格好になって、上部からズルリと上向きにはみ出るペニスの先端。
ぬるっとした透明な飛沫がわずかに飛び、淫猥な粘液が漆黒の革を汚す。
「…アッ…やっ…」
赤く腫れた粘膜の先端が少し顔を出した亀頭。
以前、横に並んで立ち小便をした時の陰茎はほとんど萎んでいたが、今回のは明らかに膨張したサイズだ。
「おっ!」
「っ!!」
形良い少年の勃起ペニスに目を奪われた10人目の射手の心臓に、手裏剣を握った少年の拳が突き刺さる。
ミーシャは方向をくるりと替えると、左手で股間を隠すように腰を覆いながら、わたしの頭上…目の上を飛び越えた。
充血してはちきれんばかりの亀頭は腹部にぴたりと貼りつくように勃ち、鈴口の先端より吹き出た透明液が糸を引いてるのが見える。
少年のナイフと11人目の剣が宙でこすれ合い、火花が散る。剣術はほぼ互角だ。
肌寒い風の吹く中、汗を湯気立つように揮発させる少年の熱い体温。
そこへ右方向から突っ込んでくる12人目。
ガキィィィン!
「はぁぁぁっ!」
11人目と12人目の同時に振り下ろされた剣を一本のナイフで受け止める。
「どわああああああああっ!!」
腕に力を込めて跳ね除けると、ミーシャは隙を見てそのまま、11人目と12人目の間へと飛び込んでいく。
いや、狙いはその奥にいる13人目だ。
しかし11人目の横を通るときにも足がもつれ、その隙を突き12人目が刀をミーシャの腰あたりの高さで振った。
そのとき、ギンギンに勃起したペニスがぷるんっと躍り出た。
刃は肉にはギリギリ及ばなかったが、宙を裂いた刀がミーシャの貞操帯を固定する細いベルトを切り飛ばしたのだ。
「アッ…」
斬りかかってきた男を飛び越えて頭を蹴ったあと、着地がきまらず足がもつれた。
転びはしなかったがふらつき、一瞬足が止まる。
鎖つきの鉄球が飛んできて、グルグルと身体に巻きついていく。
「ンッ…嗚呼〜〜〜〜〜〜!!!」
とはいえアクセサリーに使うような細い鎖だ。資源不足はこういうところにも及んでいた。
二日前、捕虜をグルグル縛っていた鎖をミーシャが素手で引きちぎってる光景を見たから、抜け出すことはたやすいように思われた。
なのに、今日の美少年は両腕の自由を奪われたまま、まるで首輪の縄を飼い主からちぎらんと引っ張る犬のように踊り狂ってる。
「…静かにしろ!」
あの大男の拳骨が少年の腹部に数発めり込んだ。
「かっ…は…」
寝る前に飲んだスープと一緒に胃液を口から撒き散らし、横向きに倒れた少年。
「死ね〜〜〜〜!」
男の腕が太刀を振り下ろした。
だが、さっと転がり寸前のところで刃をかわすと、腿を振り上げ思いきり蹴り上げるミーシャ。
その足先はブーツが脱げて滑らかなふくらはぎが露出し、足の指先が棒状の手裏剣を握っており、
刃先は男の心臓を性格に突き刺していた。
毛のないすべすべのふくらはぎを伝って男の大量の血液が流れ落ち、それは腿を伝って少年の鼠頚部を洗う。
いなないたペニスと袋を汚し、尻肉から垂れ堕ちた。
ところが倒れた大男は、金融街で会い、シルビアを連れていたあの男とは別人だった。
「ちっ、影武者か」
いつしか、周囲からは人の気配が消えていた。
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