【4】
わたしはミーシャに駆け寄り、鎖をほどいてやった。
少年のペニスの根元には、赤子の頭髪のように細く柔らかな恥毛が、何本か生えかけているのが見える。
「ッ…」
ミーシャの視線は一瞬、こわばった幼いペニスに釘付けになっているわたしの顔を恨めしげに睨んだが、
繊細な指が、まだ血管が浮き出て脈打つそれを革のプロテクターに押し込んだ。
「…先を急ごう」
ミーシャがわたしから離れるように、一人で先へ先へ行こうとするのはいつものことだから、
さっきのことで特に嫌われたとか、態度が変わったようには感じなかった。
ちぎれた貞操帯のベルトを鎖の破片でつなぎとめ、
ずってこないよう腰を手で押さえながらふらふら歩いていこうとする。
「その身体では無理だ! 少し休んでからにしたほうがいい」
ミーシャの身体を気遣って、というよりは、わたしの娘がまだそばにいると思ったからだ。
きっと、見えないところから監視されているに違いない。
協力すると見せかけたほうが、わたしにとっては有利になる。そんな打算も含まれていた。
一度はこの子に期待したはずだったのに、いつのまにかマッド・デビルズに協力することを正しいと思い込み始めている自己欺瞞。
なおも無言で歩き続けるかに思われたが、数歩進んだところでげほっと血混じりの吐瀉物を少量吐き出し、
崩れて四つんばいになるミーシャ。
ハーハーと肩で呼吸したところを、砂埃を吸い込み、また咳き込む。
「そうだな、やっぱ…少し、休憩する」
岩陰に身を寄せ、仰向けに横たわった。チャリンと金具の擦れる音。
全身、血のりがべっとりついているが、そのほとんどはミーシャから流れたものではないようだ。
はちきれんばかりに勃起した支柱が貞操帯を持ち上げていた。
まだ周囲は暗かったが、眠気は完全に吹き飛んでいた。
腕に塗りこんだのはどうやら、催淫剤だったらしい。戦闘で血流が活発化し、全身に回ったのだ。
わたしはミーシャのかたわらに座り、汗ばんだ手を握った。
小刻みな吐息に胸板が上下し、腹筋がぴくぴくと震えている。
「アッ…ち…くしょう…」
ピュウッ…トロッ…トロトロ…
粘液がつつーーーと腿を伝った。
「…『チョールヌイ・チーグル(漆黒の虎)』…おれの親父のコードネームだ」
少年は荒い息を鎮めるように深呼吸すると、小さな声で話し始めた。
ミーシャの父、マクシームはネオソヴェート軍の開発した、特殊な肉体をもつ兵士だった。
有能な兵士の人体を特殊なサプリメントで改造することで、筋力・運動能力に優れ、
また猛毒の薬品、毒ガスも効かぬ体質を作り上げていく。
ネオソヴェート軍は彼らを特殊部隊として編成した。
特殊部隊は厳格な軍律の下に管理されたが、マクシームはある日、当時世界的に有名だった女優のイリーナと一夜をともにした。
「…それがおれの母さんさ」
「イリーナが…!」
学生の頃に憧れた絶世の美女の名を久々に耳にし、背筋に電撃が走る。
さっき抱きしめ、いま隣にいるのはまさしく彼女の息子だったのだ。
『イリーナには隠し子がいたんだね!?』と言いたい気持ちを飲み込む。
それからほどなくして世界金融が破綻し大不況に突入。
世界戦争の直接の引き金を引いたのが、西ヨーロッパ政府大統領の暗殺だった。
「暗殺作戦には親父が関わってた。戦死したけどね」
体質改造を施された特殊部隊は、戦争で全員死んだはずだった。
ところがイリーナは一人の子供を生んだ。ミハイルの誕生だった。
「でっ、イリーナは今も元気なのかね!?」
わたしの言葉に、無表情だったミーシャの目がほんのり曇った。
「いや…おれが8歳のとき病死した。以後はとある孤児院へ預けられてね」
世界の主要都市は戦火に焼かれたが、孤児院のあった村は物資不足とはいえ平穏だった。
そこへマッド・デビルズが攻め入ったとき、ミハイルは<戦闘の才能>に目覚めた…。
「おれの使命は、親父の蒔いた種を刈り取ることさ。平和な世界を作ってみせる…
・・・なのに…このザマさっ…アアッー…」
焚き火に照らされた顔が切なくなって腰を痙攣させ、またトロッとエキスがあふれ出た。
イカの臭いが立ち込めている。海からは遠く離れている乾いた大地なのに。
しかも、かつて地球の表面の7割を占めていたその海は、今や渇水のため大半が失われ、
生き物が住めぬほど水質汚染された、わずかな部分しか残っていないというのに。
ヒトは誕生するにあたって、胎内で生命の進化の歴史を繰り返すという。生命は海から生まれた。
ミーシャもまた細い腰にちいさな、けれど清く澄んだ海水の池を宿しているというのか。
わたしはミーシャの話を聞きながら、背をさすってやっていた。
呼吸はずいぶんと落ち着いてきた。
「…ありがとう。だいぶ楽になった」
わたしの手を借りて、ミーシャが起き上がろうとしたとき−。
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