『うわぁぁ〜〜〜〜!!ハァッ…ハァッ……アアア〜〜〜〜ッ…』

相変わらず右隣のモニターは切られたままだが、上の階から漏れてくる友の絶叫に、隆也は戦慄さえ感じていた。

なんなんだよカケル……上で何が起こってるんだよ!?

同時に、声変わりしてない喘ぎ声にどこか艶っぽさまで感じとり、あらぬ妄想をしてむっちり腿の間の息子がムクッと上向きに起きあがっている。
その頂点で排尿装置がチューチュー音を立てて透明な粘液を吸い取っている。
フロイトによれば、少年は青年前期に入ると、損得を超えた一種の同性愛を経験する時期があるという。
確かに隆也にとって、一緒に命がけで戦う駆はかけがえのない存在になっていたし、ましてや中性的な姿は日頃から少女のようなイメージを匂わせていた。
さらさらの長い髪。切れ長の二重に澄んだ瞳。更衣室で見る、毛ひとつないスリムな裸体、キュートな小尻・・・
思春期に入りかけた隆也の、駆に対する想いのベクトルが揺れ動くのも、無理のないことだったのかも知れぬ。

今でこそ駆とは固い絆で結ばれているが、過去には隆也の座席がいつも駆の下だということに腹を立て、大ゲンカしたこともあった。
あのときは松岡司令が取っ組み合う二人に割って入り、二人は別々の部屋に隔離された。
ド叱られることを覚悟したが、司令は涙ぐむ隆也の目を見て優しく話しかけた。

『人間にはね、それぞれ個性があって、神さまから与えられた役割があるんだ。
見た目は機長のほうが格好よくたって、クィーンセイバーを降りれば同じ人間じゃないか。
目的を果たすために物事をうまく運ぶにはね、縁の下の力持ちがいなきゃだめなんだ。目立たないかもしれないけど、とても大事な役割なんだぞ』

また、攻撃には目線の高い機長席が向いていること。より機体の重心に近い下部の副長席のほうが運動をコントロールしやすいなど、構造上の説明も受けた。
司令の言葉に胸を打たれて以来、駆の下半身を支え、肩車してるみたいなポジションに誇りを持ってきた。
一方の駆のほうも何か大切なことを言われたらしく、以来、上から指図してくるような口調は口にしなくなった。
あれからずっと、戦闘中は一心同体だった駆。その苦しんでる姿を想像して、なぜか身体の一部分が熱く反応してしまったのである。

(とにかくカケルを助けないと!!)

クィーンセイバーは停電など非常時の際、油圧補助による手動で操縦できるようになっている。
ワイヤーの繋がった四つの、小さな吊り輪のようなレバーに両手足をかけ、引っ張って機体を起こそうとする。

「ンンン〜〜…重い〜〜〜〜〜」

全身に筋スジが浮き上がり、狭いコックピット内は筋力トレーニングルームと化す。
おち○ちんのテントの腰を突き上げるような体勢で座席に座ったまま、幼いのアスリートの肢体は体操のような動きを始める。

「ンんぅぅぅぅぅぅぅぅぅウウウ〜〜〜〜〜〜」

握りしめたレバーに力を込め、少しずつではあるが巨体の動きそうな手ごたえを感じる。
いままで過酷な陸上スポーツで鍛えてきた、この身体を信じるんだ。無理じゃない、きっとやれる。

NSDDの制服の人が陸上クラブを訪ねてきたとき、パイロット適正テストの受験者候補に隆也を推薦したのは元メダリストのコーチだった。
躊躇する隆也に、サッカー日本代表GKの川口義活みたいな、男前のコーチは語った。

『隆也くん。きみにはスポーツをやる素質がある。運動能力、心肺機能、瞬発力…とてもいい物を持ってる。
けれど、その能力はフィールド上で自分のためだけのものじゃない。きみは一人で生きてるんじゃない。
ご両親をはじめ、まわりの人たちの支えがあって生きていられる。きみの天性の才能も、世のため人のためにも使うべきだと思うんだ。
子供の肩には重い使命かも知れないけど、きみなら絶対やりきれると俺は信じる』

あのときは練習時間や友達との楽しい時間も削られるのがつらかったけど、自分に課せられた大きな期待と、
もっと人生にとって大きな意味のために少年時代を捧げようと、子供心ながら決意した。
そう。世界平和のため。今はカケルくんのため…!!

「ちくしょお〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」

全身運動でクソ重いレバーを引っ張ったり押したりして、力いっぱい操作するのは無酸素運動に近い。
一つ一つ動かすたびに顔を真っ赤にし、汗がぽたぽた流れ落ちる。
パイロットスーツが形良いおち○ちんの皮の血管まで透け透けに浮き出、光沢ある薄布は熱を帯びた筋肉を縁取って、艶かしく貼りつく。

(カケル…まってて。きみに何が起こってるのか知らないけど、機体を起こして一旦離脱する。すぐ楽にしてあげるから!!)

少しコツが掴めてきた、と感じたとき、上からひときわ悲痛な叫びが響いた。

『うわぁぁぁぁぁいやだぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜!!』

これはただごとではないと、隆也は頭上の低い天井をガンガン叩きながら叫んだ。

「カケル! 戦闘中だよ!? 勇気出して!! カケル!!」

声かけは仲間の元気を引き出す基本だが、極限の非常時に「負けるな!」「くじけるな!」と否定調に言うと、後ろ向きの思考になってしまう。
かといって「がんばれ」だと「今でも頑張って辛いのに」と、反発心が生まれるかもしれない。
生き残るために必要なもう一歩を踏み出すための「勇気出せ」が、より前向きな響きがあって良い…と、尊敬するコーチに教わった。

友の名を呼び続けると、しばらくしてモニターに駆の顔が戻った。
汗だくで、少し口の中を切ったように唇から血が垂れていた。

『ごめん……電気回路の不調……元に戻った……』

ひょっとしてぼくが天井を叩いたから直ったんだろうか? と、血の滲んだ拳を見つめた。

「カケル、顔青いよ!? 怪我したのか!?」
『ああ、少しね……もう大丈夫、まだ、戦える』

この時点で駆の身に起こったほんとうのことを、隆也は知るよしもなかった。
カメラの角度と映像の乱れのせいか、わりと平然と座ってるように見えたからだ。

<損傷率37%>

画面の赤字のインジケーターを見る。
基地に引き返したいところだが、プテラに囲まれた状態ではおそらく無理だ。

「ぼくが一旦距離を稼ぐからさ。立て直して、カケルは追ってきた奴らを狙い撃ちして」
『わかった』

隆也のコックピットの電源が回復したことで、操縦も油圧モードから再び機械制御に戻る。

クィーンセイバーは再び戦い始めた。回し蹴りでプテラをなぎ倒し、カカトを一体の頭上に振り落とす。
「生き残り」が一旦退いた隙を狙って間合いを取り、追ってきたのを振り向きざまに次々狙い撃つ。
わずか数分の間に4体も破壊し、さらに迫いついたプテラを背面飛びのようにかわしながら上空から片腕で脳天を打ち抜く。

「すごいよ、カケル!」

既に駆の身体から大量の血潮が失われ、朦朧とした意識の中、最後の気力だけで射撃を成功させていたことを、隆也は知らなかった。




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