【待って!! 二人とも】

突如、女の人の声が天から降ってくる。

「だれ??」

【あたしはきみたちのまだ完全には死んでない脳の、意識に直接語りかけてるの】

聞き覚えのある声質に思い当たった二人が同時に叫ぶ。

「電車のお姉さん!」
「電車のお姉さん!」

空を仰いできょろきょろ探すけど、姿は確認できなかった。

「お姉さん、ぼくたち負けちゃったんだ」

と隆也が涙を拭き、

「ぼくたち、これからどうすれば…!」

駆が頭を抱える。

【まだ完全には終わってないわ。クィーンセイバーにはある程度の自己修復機能があるんだけど、パイロットの身体も再生できることがあるの】

「どういうこと?」と駆。

【人の身体はね、60兆個もの細胞でできてるの。iPS細胞を用いた再生医療技術みたいなものなんだけど、それを大幅に進化させて欠損した肉体の各部を高速に…】

「あーーっ、難しい説明はもういいよ。つまりはその仕組みを利用して、復活できるってことだね?」

隆也が遮る。

【まあ、そういうこと。ただし使えるのは一度だけよ】

「どうすればできる?」

一筋の希望に、駆の表情が真剣になった。

【あなたたちが『生きたい!』っていう意志を、クィーンセイバーに伝えることよ】


簡単そうで難しい言葉に、駆が首を捻った。

「『生きたい』か…どうやればいいんだ」
「うーーん……何か食うとか」
「ああ…大食らいのリュウらしい意見だな」
「でも、食べなきゃ死ぬだろ? 食べることは生きることなんじゃないの?」

ふたりは少し離れて向かい合って、キャッチボールをする仕草をしながら話している。
今までも相談したいとき、考え事するときはいつも、こうやって二人でソフトボールを投げ合ってた。
でも、裸でおち○ちんをぷるんぷるんさせながら腰を捻り、架空のボールを投げ合ってるとだんだん、空しくなってくる。

「だいいち食うもんないぞ?自分の指でも食べるのか?」
「木村のおばちゃんのパンケーキが、食べたい…」

隆也の口をついた一言に一瞬押し黙り、手を止める駆。

「…んなこと言ってる場合か!」

吐き出すように叫んだ切れ長の目と高い鼻の穴の中にも、また光るものが溜まりはじめていた。

「なんだと? じゃあカケルも考えてよ」
「うーーーーーん……」

しばらく考え込んだ末、何かないかとふと横を向くと、ただっ広い白い空間の何10メートルか先の地面に、排尿パッドが落ちているのを見つけて走り寄る。

「ああっ、ちょっと待て、カケル〜」

隆也も後を追う。
駆はクィーンセイバーの座席下にあったのと同じパッドを手に取って考え込んでいたが、しばらくたって口を開いた。

「まさか、これは……そうだ、アレもありか…」
「どういうこと?」
「いっ…いや、やっぱやめとこう」
「勿体ぶらずに言えよ、カケル!」
「やめとくって言ってるのに」
「きみは慎重なのはいいけど、一人でこそこそするのが悪いくせだ。ぼくたち、仲間だろ!?」

そこまで言われると、隠しているのが何かとてつもなく後ろめたいことに感じられる。

「じゃあ……」
「早く言ってみてよ」

意を決したように、隆也の耳に頬を赤らめながら顔を近づける。
秘密をばらすかのようにヒソヒソ声で話した。

「いいぃぃーーーーっ!?」
「インパクトを与えるには、こんな方法しか思い浮かばないんだ。子孫を作るってことは生きるって証だから…」
「ぼくら、男同士だよ?カケルとヤッたって…」
「だぁ〜〜〜〜ッ!!大きな声で言わないでよ!…その……ぼくだって…」

学級委員は背中を向けてしまい、うつむきながら小声で続けた。

「ぼくだって…恥ずかしいんだぞ……」

仕草がどこか艶っぽくて、隆也の動いてないはずの鼓動が高まってくる気がした。

「でも、思いついちゃったんだ。カケルのエッチ!」
「べつに本当に突っ込むんじゃなくって、フリだけでいいと思うんだ。リュウも学校で、保健の授業で習ったでしょ…」
「秋浪カケルくん!さっすが級長、天才!」
「い、いい、言ってみただけなんだからね!?リュウがどうしてもって急(せ)かすから…」

先の言葉を飲み込み、互いにしばしの沈黙が訪れる。
その間、隆也の心の中でいろんな思いが一本の糸で繋がって、急に元気な気持ちが湧き起こる。
心のモヤモヤが整理されたとき、晴れやかな表情になって、駆の細い腕を掴んで言った。

「カケル、その話のった!やってみる価値あると思う」
「やっぱやめとく!」
「言いだしっぺのくせに」

尻込みする駆に、隆也はコーチの口ぶりそっくりに言った。

「『勇気を出せ』、カケル!!」
「…それを今言うか?」
「練習だって思えばいいよ。いずれ大人になったらするんだろ?」
「………たぶん、ね」

ほんとうにここから生きて戻ることができて、運良くガールフレンドができたらね。

「もう一度蘇って、ふたりでデッドカイザーに立ち向かうためにさ」

何気なく発した一言に、「はっ」と目を開いた駆が長い髪を揺らし、ようやく隆也のほうを振り返った。

「リュウ、力を貸して」
「カケル…」
「きみの力がどうしても必要なんだ!」
「…んな真面目な顔で言わないでくれ。困っちゃうよ」

駆から放たれる言葉は時々、力強く人を勇気づけ、引っ張ってくオーラを帯びることがある。
人々をその気にさせてしまう、リーダーに必要な素質といえる。

(でも、その言葉。待ってたよ、カケル)

二人は顔を赤らめ、緊張した面持ちで向かい合った。




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