S-2  エリク・シュナイダー少尉


エリク・シュナイダーはハンブルク出身で、実業家を父にもつ二人兄弟の兄として育った。
整った小顔の目鼻立ちは美少女のように可憐で、澄み渡った碧眼、
美しいブロンド髪は伸ばしたまま二つ結びに束ねられ、背にかかるくらいに長くたなびかせている。
そんな美貌の持ち主だったから、女の子にはよくもてた。
ハンブルクっ子らしい自由気質で、社交的で、友達も多かった。

でも母が病死してからは、仕事に忙しい実業家の父にかわって、弟の面倒をみてやる時間が多くなった。
まだ戦争が激しくなかった頃は、エルベ川のほとりで読書したり、小奇麗なカフェで弟のジークベルトと、
たっぷりクリームの乗ったローテ・グリュッツェを食べたり、将来はパイロットに憧れて、模型飛行機を飛ばして遊んだ思い出が懐かしい。

母親は魔法使いの血筋だった。魔法なんて信じようともしない父に内緒で、魔法協会に出かけたりもした。
ベルリンにあるプロイセン支部のオスカー支部長に魔法の手ほどきを教わった。主に風属性だが、簡単な魔法なら他の属性のものも使える。


11歳になったときのことだ。
バトル・オブ・ブリテン末期、爆撃機・ハインケルHe111が、バルーン・エプロンのような黒い物体に追われながら飛んでいるのを見た。
巨大な防空気球に似たそれは目がなく、大きく開けた口からビームを吐くグロテスクな姿。
たまたま英国での爆撃帰りに、ついてきたのであろう。
魔族と魔法使いの戦いの本場である欧州では、魔族が悪事を働くこと自体はさほど珍しいことではない。
ただ、多くの人間が魔族の仕業であることに気付いてないだけだ。

当時、すでに魔法使いとしての能力に目覚めはじめていたエリク。

「マテリアライズ…」

エリクは手元に弓を出現させると、魔族に向けて放った。
戦闘機パイロットにとって最も必要な『射撃眼』は、このときからエリクに天性で備わっていた才能だった。
矢は光の弾道となって正確に射抜き、金切り声みたいな絶叫とともに空中で消散してしまった。
その戦いの様子を、たまたま付近を飛行していた偵察機に写真を撮られてしまったのである。
すぐに見つけられ、車に乗せられて基地へ連れて行かれた。

ハンブルク近郊の空軍基地に本拠を置く第8夜間戦闘航空団・第W飛行隊は、夜戦隊の中でも敏腕パイロットを擁するエリート部隊である。
エリクはその直衛の魔法使いとして護衛任務につくことになった。
空戦の前後、時折襲ってくる正体不明の化け物は、敵機なら一撃必殺の30o機関砲でも全く歯が立たぬ。
あるベテランパイロットが作戦行動中に襲われ、墜落死する事態が発生していた。

「敵国の航空機とは戦わなくてよい。飛行中に魔族が襲ってきたら相手してくれるだけでいい。きみが実は魔法使いだという秘密は守る」

そういう口約束だった。
具体的には夜戦隊の上方で見張り、接近してくる魔族を撃退するのが任務だった。

しかし連合軍による都市爆撃が始まり、人命が失われることが確実になると、ただ敵機との空戦は見守るだけの自分が許せなくなってきた。
戦争が劣勢になると、見過ごせばより多くの市民が犠牲になるからと自分に言い聞かせ、ある日一線を越えた。
自分が魔法使いであることは、夜戦パイロット他、ごく一部しか知らない。全ては闇夜の空中で起こることなのだから、ばれるはずがない・・・。
人の生死がかかっているときは、魔族を相手にするとき以外でも魔法を使うことは認められる。…魔法協会の掟を、都合よく解釈していた。

エリクは普段はドイツ空軍と同じ、青灰色の軍服を着用しているが、出撃時には箒を使用し、高速で飛行するため漆黒のスーツに着替える。
身分は空軍少尉の飛行兵だが、無線でやり取りする中央管制部の防空オペレーターさえも彼を、ちょっと変わった行動はするものの、パイロットと信じて疑わなかった。
主にBf110・メッサーシュミットからなる夜間飛行隊のパイロットには緘口令が敷かれ、人柄の良い司令は、エリクの正体を、素性の悪いSSに知られぬよう、守ってくれた。

2本に括ったお下げを長く靡かせて飛ぶ、箒に跨った酸素マスクの少女。エンジン音も排気炎もなく、さっと背後に忍び寄る黒い影。
英国パイロットからは密かに、魔女の亡霊と恐れられた。
テクノロジーを超越したその存在自体が脅威であり、憶測によりひどく捻じ曲がった極秘情報として英国首相の耳にも入ったという。



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