S-3 空軍宿舎
ルール迎撃から戻ったエリクは飛行場へは寄らず、そのままレンガ造りの宿舎へ帰った。
撃墜報告ならさっき、飛行隊司令に無線で伝えた。
撃墜数の報告について事細かにほじくるお偉方に、うまく話を通しておいてくれるはずだ。
エリクは司令のはからいで、狭いながらも一人部屋をあてがわれていた。
近頃は多忙で、司令のチェスの相手をすることもめっきり減った。
ドアをくぐると、汗で肌にまとわりついた黒い飛行スーツを脱ぎ捨てた。
冷えた身体を熱いシャワーにゆだね、汚れで黒ずんだ顔をゴシゴシと洗う。
敵機に後方から接近し続けたせいで、エンジンから少しずつ漏れるオイルの飛沫をかぶっていたのだ。
クンクンすると鼻を突くにおいにウッと蒸せそうになる。
石鹸を塗りたくって泡に包まれた後、さっとシャワーを浴びる。
大人の肉体に成長しかけた年頃の細長い手足。細い腰、きゅっと引き締まった尻、丸みを帯びたすべすべのふくらはぎ・・・。
美しい肉体を伝った水が汚れを洗い落とし、雫が形良い、まだ包皮の被ったペニスの先端からヒタヒタと滴り、
丸みを帯びた陰嚢の裏側を伝って細い腿に流れてゆく。
身体をさっと拭き、髪をサラリと梳くと、丸裸の少年はテーブルの皿に残っていた、スライスされたサラミ・ソーセージをつまんで口に入れた。
そしてバスローブを羽織ると紐は括らず、前を開けたほぼ真っ裸のまま、ベッドに大の字に寝転がった。
はだけた薄い胸板がピクッと上下に動き、溜め息をつく。時計は午前3時をまわっていた。
あと、何十回飛ぶのだろう?
一瞬、目の筋肉が引きつったように痙攣して、手で顔を覆う。
寝込みを襲う敵機の数は日増しに多くなり、連夜借り出され、疲労が溜まりつつあった。
最後に休暇をもらったのはもう、遠い昔のことのように思えた。
数年前の自分そっくりの少年の映ったモノクロ写真を手にとり、眺め目を細める。
(だめだ…お兄ちゃんじゃないか。ぼくが守ってやらなくて、どうする)
会うたびに大きく、また自分にそっくりになっていく弟。
釣りをしたり、射撃を教えたり、魔法の手ほどきをしてあげたり…
時代が許せば、日々刻々と変化していく弟の貴重な時間を、もっと一緒にいてあげられたかもしれないのに。
おまえは、戦場に行かせない。
だって、ぼくの大事な家族だから…
「ジークベルト、おやすみ」
彼はまだ、兄のことを普通の戦闘機パイロットだと思い込んでいるはずだった。
メッサーシュミットBf109と並んで撮った写真を見せたこともある。
この戦争が終わったらまた、あの平穏な日々を取り戻せるだろうか?
楽しかった数々の思い出を胸に、暫しのまどろみに落ちていった。